先日、内藤廣さん設計の紀尾井清堂を訪ねてきました。
2020年末に竣工したこの建築では、現在「奇跡の一本松展」が開催中。詳しくは後述しますが、今後この建築を気軽に見に行けなくなる可能性もあるため、誰でも見に行くことのできるこの展覧会を機に事前予約の上出かけてきました。
特定の用途や使い方を決めずに設計された建築
オフィスビルが建ち並ぶ中、ガラススクリーンに覆われた四角いキューブ状の建築。一見美術館かと思わされる独特の外観ですが、実際には特定の機能や使い方を決めずに設計されたとのこと。
建築をつくるための書類の上では何らかの用途を記入して手続きを行なっているはずですが、実際に訪ねてみると確かに、他ではあまり見たことがない空間の構成をしています。
9つのトップライトがつくる記憶に残る空間
建物全体としては5階建ですが、2階から5階は中央の巨大な吹抜でひとつながりの空間になっており、その下に半地下のような1階がある大きく二層の空間構成。2階以上は吹抜を囲むように回廊や階段が設けられ、他には避難階段やエレベーターがあるのみという、都心とは思えない何とも贅沢な空間の使い方がされています。
そして吹抜けの最上部には、この空間を強く印象づけている9つのトップライト。杉板型枠の鉄筋コンクリート打放しでつくられた角丸四角錐状の筒を通すことで、光の輪郭をより際立たせています。
陰影を生む素材感の強い内部空間
トップライトからの光をかたどる鉄筋コンクリート躯体以外の部位でも、建物内部の仕上げはどれも陰影があり、素材感のあるものばかり。トップライトと同じく杉板型枠の鉄筋コンクリート打放し仕上げの柱を始め、鉄部は溶融亜鉛メッキリン酸処理を思わせる特殊塗装、壁の木部は木材の中でもより濃淡の強い杉材。
半地下のような1階では動物の脚のように生えた多角形の鉄筋コンクリート柱が空間に力強さを生んでいますが、ここにも杉板型枠が用いられている他、壁や床には凹凸の大きい特殊タイルが敷き詰められています。
抽象的な表情を生むガラススクリーンで覆われた外観
一方、建物の外観は既述の通り、遠くから見るとガラスカーテンウォールのキューブが宙に浮いたようなやや都会的な表情。かと思いきや、近づくに連れてガラスの奥に透けている杉板型枠コンクリートの表情が見えてき、目の前までくるとその荒々しさが外からも感じられるように。
周囲はオフィスビルに囲まれた地域ということもあり、ガラスカーテンウォールによる洗練された印象はその風景になじむよう意図されたものなのかもしれません。そうした都会的な印象が、近づくと徐々に内部空間に近しい荒々しい印象感じられるようになるシークエンスの変化はさすがだな、と感じました。
なお、一般的に建物の3階以上の外壁には消防が進入するための出入口が必要なはずですが、ここでは意匠性を損なうそれらの要素をなくすことで、より外観の抽象性を際立たせています。ガラスだけでなくその内側のコンクリート外壁にもそうした要素が見当たらないことからも、非常用エレベーターを計画することで設置を免除しているのかもしれません。
ギャラリーとしての活用「奇跡の一本松展」
冒頭、特定の用途や使い方を決めずに設計されたと書きましたが、今回の「奇跡の一本松展」では1階が立体物の展示、2階が映像の展示に活用されていました。
この展覧会は東日本大震災で生き残った岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」に焦点をあてたものですが、具体的には1階にこの一本松の巨大な根を、2階ではこの一本松が特集された際のテレビ番組を映像として流していました。
個人的には癖の強い空間がうまく活用されているように感じましたが、今後もこのような展示に活用されるのかは不透明でしたので、この展覧会がこの建築を見ることができる貴重な機会となるのかもしれません。
ー
内藤さんの設計による建築は都内でもいくつか見ることができますが、特定の用途が想定されない建築はその中でも相当な特殊例。設計者はもちろん、この建築をみる側にも「建築とは何か?」という問いを投げかけているようでもあり、今後も度々思い返す体験になりそうです。
紀尾井清堂
[所在地]東京都千代田区紀尾井町3-1
[設計]内藤廣建築設計事務所(建築)
[施工]前田建設工業(建築)
[竣工]2020年