展覧会|美術

写真家に応えた12の展示空間|「川内倫子:M/E 球体の上 無限の連なり」展

昨年秋に東京オペラシティアートギャラリーで開催されていた「川内倫子:M/E 球体の上 無限の連なり」展は、昨年観た展覧会の中で強く印象に残ったもののひとつ。

会場構成を建築家の中山英之さんが手がけており、建築雑誌『新建築』誌上にも掲載された展覧会。川内さんの作品はもちろん、展示空間そのものにも見どころの多い見応えのある写真展でした。

同年生まれの写真家と建築家による展覧会

今回の展覧会の新作であるシリーズ<M/E>。

川内倫子さんは、1972年生まれの写真家。過去には東京都写真美術館などでも展覧会を開催されている一方、国内の美術館での個展としては今回が約6年ぶりになるそう。

会場構成を手がけた建築家、中山英之さんも川内さんと同じ1972年の生まれ。2021年に川内さんが参加された別のグループ展で中山さんが会場構成を手がけたことがあり、それがきっかけとなって今回の会場構成につながったそうです。*1

*1:美術展ナビ「「空間を意識させない空間作りに創意」人気の川内倫子展で会場構成 建築家・中山英之さんに聴く」より。
(URL)https://artexhibition.jp/topics/news/20221129-AEJ1095996/

シリーズ<4%>が展示されていた室の様子

同年の生まれということもあってか、本展では川内さんの作品と中山さんの会場構成の関係に主従が生まれることなく、展覧会そのものがお二人の合作のように感じられたのが印象的でした。

 

作品に応じて設えられた多様な展示空間

会場マップ(左)と展覧会の図録(右)。会場が12の展示室に分けられていた

会場となった東京オペラシティアートギャラリーは、オフィスやコンサートホール、レストランも入った複合ビル、東京オペラシティビルの一角にある美術館。これまで何度も訪ねたことがあるものの、本展ほど展示室を小さく分割して空間をつくっている姿をみたのは、これが初めてかもしれません。

川内さんの作品に応じるように、展示室ごとに全く違った空間が展開。

<One surface>が展示された室の様子

例えば、モノクロームの写真<One surface>が展示された室では、展示作品と同じ像を転写した半透明のオーガンジーの布が、天井から垂れ下げられて設置。

垂直方向に長い展示室のプロポーションを意識させることで、ついぼうっと上を見上げてしまう落着きのある空間が生まれていました。訪ねたときは既に日が暮れた後だったものの、昼間は展示室上方のハイサイドライトから自然光が差し込み、また違ったかたちで作品を楽しむことができたよう。

<An interlinking>が展示された室の様子(左)。上部はハイサイドライトが設けられている(右)。

また、正方形のフォーマットで撮影されたシリーズ<An interlinking>が展示された室では、作品が横一列に並べられ、ギャラリー然とした空間に。

ここではハイサイドライトからの光を暗幕で制御することで光環境にグラデーションがつくられ、昼間でも一室の中で写真展示と映像展示を並在可能な設えに。

映像が展示された室の様子。<A whisper>(左)と<Halo>(右)

このハイサイドライトは、東京オペラシティアートギャラリーの展示室の特徴のひとつ。展示室毎に単に変化のある空間をつくるだけでなく、展示構成における敷地=美術館そのものの特徴を活かしながら計画されている点は、建築家による設計ならではのように感じました。

 

建築と一貫した関心から生まれる開口部 

展示室をつなぐ開口部。様々な形状とプロポーションからシークエンスが密に検討されたことが想像される

展示室同士をつなぐ出入口の開口形状も、隣り合う室のプロポーションに応じて違いが。細く縦に引き延ばされた開口部や、アーチ型の開口部もあり、空間同士のつながりを検討しながら計画されていることが想像されます。

中山さんの設計した建築では、しばしばシークエンスや開口部への拘りが語られます。本展でもこうした空間を構成する要素のあり方からは、中山さんの建築と一貫した関心を感じることができました。

 

展示室の中のもうひとつの展示室

展示室内につくられた天蓋のようなパビリオン

本展で最も大きくとられた奥の展示室の中央には、雫のような筒形状が連なった半透明のパビリオンが設置。天蓋のようなその内側は、もうひとつの小さな展示室になっていました。

奥が透けてみえる柔らかな布素材を用いることで、広々とした展示室の空間を損なうことのない外観に。同時にその内側には、ヒューマンスケールの落ち着きある空間がつくられていました。

パビリオン内部の様子。周囲の展示作品の様子も半透明の布越しに透けてみえる

一見、半透明の布自体が自立しているかのようにみえるこのパビリオン、よく見ると天井から伸びる細い線が。柱のような支持部材を一切なくし、天井からの糸のような吊り材のみで成立させることで、軽やかな印象を生み出しています。

内部に展示されている作品そのものが発光しているためにパビリオンを照らす照明の類は一切なく、吊り材も意識しないと気が付かない存在感。

パビリオンを支えるディテール

また、雫のような形が連続したこの全体像は、全長178m、厚さ1.5mmのアルミ板を曲げてビス留めし、そのときにできた曲線をそのまま用いてつくられているそう。*2

このパビリオンの軽やかさは、半分人工的で半分自然に任せた、こうした工夫にも起因しているのかもしれません。

*2:『新建築 2022年12月号』より

 

<M/e>が展示された室の様子

一から建築を計画するのと違って、展覧会の展示構成では元々の展示室の性格からどうしてもある程度の制限を受けるもの。その条件下で自身の作家性を出しつつ、ここまで多様な空間をつくれるのかと驚かされました。

パビリオン内に展示された発光する作品展示

また、最後にとりあげたパビリオンは、川内さんから「発光する作品展示を内包したトンネルのような場所を配置したい」*3という希望を受けて製作したものだそう。

*3:『新建築 2022年12月号』より

このエピソードからも感じ取れるように、この展示構成は川内さんと中山さんが互いに提案し合って生まれたといえ、建築家と写真家による理想的な協働のあり方をみることができた展覧会でした。

川内倫子:M/E 球体の上 無限の連なり
[会期]2022年10月8日〜12月18日
[会場]東京オペラシティアートギャラリー
[会場デザイン]中山英之建築設計事務所