自然豊かな箱根山の中腹、木々に囲まれて建っているポーラ美術館。温泉地である箱根湯本から、車で20分ほどの土地に位置しています。
京都の嵐山にある福田美術館などを設計した安田幸一さんが、日建設計に所属していた時代に手がけた建築ということもあり、以前から訪れたいと思っていた美術館。都内からだと決して近くはないものの、魅力的な展覧会に惹かれて雪が降った直後のとある日に出かけてきました。
大自然に浮かぶガラスの屋根

箱根の山奥にあるポーラ美術館は、美術館としての若干の緊張感を有しつつも、大自然の中にふさわしい大らかさをもった建築でした。
美術館に必須となる展示室や作品庫等は、すべて道路よりも低い位置の階におさめられ、バス停を降りてから美術館入口までのアプローチで見えるのはほぼガラスの屋根のみ。雪が降った直後で眩しい純銀の世界に囲まれていたこともあり、建築の姿が大自然に溶けこんだ姿は幻想的なものを感じました。
4層が連続するダイナミックな階段状の吹抜空間

道路からブリッジを渡った先にある、ポーラ美術館のメインエントランスは実は2階。木で覆われた大きな自動ドアをくぐると、すぐ脇に下階へと伸びる階段状の吹抜空間が目に入ります。

1つ下の階である1階に受付やレストランが置かれ、地下1階と地下2階に展示室がまとめられた階構成。エスカレーターの脇には吹抜を貫くようにケリス・ウィン・エヴァンスの作品が展示されており、4層分が連続する吹抜空間がさらにダイナミックに感じました。
大自然を背景とする展示空間

各階の展示室では、壁一面のガラス窓から屋外が眺められ、屋外の木々がそのまま作品の背景となるような室も。多くの美術館で見かける白い壁に囲まれた空間ではなく、大自然に囲まれたこの土地ならではの展示空間となっていました。
訪問したときに開催されていたのはアメリカの現代美術家、ロニ・ホーンさんの展覧会。この展覧会には別の記事で触れますが、箱根の森を背景に展示されている姿がとても自然に感じられ、この美術館の空間がうまく活かされた展覧会のように感じました。

繊細でエンタシスのある鉄骨十字柱

技術的な部分で目を惹いたのは、美術館のあちこちで屋根や床を支えている十字形状の鉄骨柱。なかでも4層吹抜を貫く柱は、細長くとても繊細なプロポーションかつエンタシスのある独特な形状をしていて、美術館の顔のひとつになっているように見えました。
一般的に、一定の大きさを超える鉄骨柱、特殊な形をした鉄骨柱は、いくつかの部材に分けて製作され、工場又は現場で溶接されます。ただ、ここでみられた鉄骨十字柱には溶接跡が見当たらず、抽象的な外観のまま実現していました。
繊細な加工による鉄骨十字柱との取り合いディテール

鉄骨十字柱の周囲では、床や天井と取り合う部分にも設計者や施工者のこだわりが散見。フローリングの床材やプレキャスト・コンクリート*1の天井など、鉄骨十字柱と取り合う材料はすべて柱の位置に合わせるように割付けられ、かつ十字形状にくり抜くように材が加工されていました。
どの加工も一定の技術を要するように思われますが、詳細の隅々まで拘りを貫いてつくられていて、設計者はもちろん、施工者や職人含む関係者全員の熱量を実感することができました。
木々の間を巡る散策路と視点場

展示を一通り見終えてから美術館の外に出ると、周囲に散策路が設けられていることを示すサイン。ブリッジ手前の脇道に入ると、美術館の周囲をぐるりと取り囲むようにウッドデッキの歩道が整備されていました。
木々の間を縫うように巡る散策路からは、美術館を様々な角度から眺めることが可能。散策路にはところどころに美術作品が設置されていて、訪問したときにはロニ・ホーンさんの作品も展示されていました。
美術館を成立させる深い地下空間

ポーラ美術館は全館免震構造。散策路を巡る中で建物の脇に深い地下空間の存在を感じることができますが、ここに免震装置や空調機械室といった美術館機能を成立させるための仕組みが収められているものと思われます。
地上から見える繊細な美術館と、それを成立させている地下に隠れた管理機能。散策路から両者が同時に感じられる体験は、なかなか貴重であるように感じました。
ポーラ社と日建設計
ポーラ美術館は、その名前からも想像できる通り、化粧品等で知られるポーラ社によって設立されています。元々は1996年に財団法人ポーラ美術振興財団が設立、当時のポーラ社の社長であった鈴木常司さんが財団の理事長にも就任され、彼のコレクションを展示・公開することが目的とされたようです。
冒頭にも書きましたが、美術館の設計を手がけたのは日本最大手の組織設計事務所である日建設計。意匠設計を担当されていた安田幸一さんはこの美術館の竣工直後である2002年に独立、東京工業大学の助教授に就任されていますが、この作品は村野藤吾賞や日本建築学会賞など数多くの賞を受賞しており、安田さんの代表作の一つと言われています。
メンテナンスの行き届いたみなに愛される美術館

今回の訪問で最も印象に残ったのは、竣工から約20年も経つとは思えない、洗練された美術館の姿でした。
丁寧に考えつくされたディテールは現在においても全く古びていなく、かつ建物の隅々まで行き届いたメンテナンスもこの美術館を瑞々しい姿に保っている一因かと思われます。一般的に、ガラスの屋根はその汚れの目立ちやすさとメンテナンスの手間等から忌避されがちですが、このポーラ美術館では竣工から時間が経った現在でも美しい姿が保たれており、それだけ関係者に愛されていることが伝わってきました。
建設当時の建築主や施工者、設計者だけでなく、現在においてもなお愛され続けるこのポーラ美術館の姿は、一つの理想的なありかたを示しているように感じました。
ポーラ美術館
[所在地]神奈川県足柄下郡箱根町仙石原字小塚山1285-453他
[用途]美術館
[設計]日建設計
[施工]竹中工務店
[竣工]1999年
[HP]https://www.polamuseum.or.jp/
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[開館時間]9:00-17:00(入館は16:30まで)
[休館日]年中無休(展示替えのため臨時休館あり)
[入館料]展覧会に準ずる