大相撲で知られる両国国技館のすぐ近く、旧安田庭園に面して建つ刀剣博物館。2018年に開館したこの博物館、設計はヒルサイドテラスなどの設計で知られる槇文彦さん。
槇さん設計の建築は全国各地に数あれど、東京都内の公共建築としては久々。訪ねやすい博物館という用途もあって、旧安田庭園と合わせて訪ねてきました。
旧安田庭園の隣、両国公会堂跡地に建つ建築
JR両国駅から北に5分ほど歩いた先に位置する旧安田庭園は、都内でも有数の長い歴史をもつ日本庭園。刀剣博物館はこれに隣接した土地にあって、安田庭園の風景の一部として堂々と建っていました。
刀剣博物館の土地は、元々は大正15年に建てられた両国公会堂が建っていた場所。両国公会堂の閉館は2001年だったようですが、建物としてはこの刀剣博物館が建てられるギリギリまで残っていたようです。
両国公会堂が曲面を描く外壁にドーム屋根がのっていたのに対し、刀剣博物館でも曲面の外壁を踏襲。屋根もドームでこそないものの、曲面かつ金属製でつくられていて、元の建物の姿を継承しようとしている様子が感じられました。
そういったこともあってか、旧安田庭園から眺めた建ち方は、どことなく昔から建っていたかのような佇まい。
ちなみに刀剣博物館も全く新しく構想された施設というわけではなく、元々は渋谷の代々木にあったそう。代々木から両国と聞くとかなりニッチな土地への移転に感じますが、両国国技館を訪れる海外の旅行客を考えると、シナジー効果のようなものはあるのかもしれません。
コンクリート打放しが重なり合った十字型平面
円弧を描く安田庭園側の反対側、北側の外観は多角形の平面がそのまま立ち上がったような姿。そこから大きく庇が張り出していて、その下に博物館のメインエントランスが設けられています。
建物全体としては、円弧と多角形から成る建屋に対し、東西方向に伸びるシンプルな直方体が重なり合った構成。前者には杉板型枠を用いたコンクリート打放しというやや荒々しい仕上げが採用されているのに対し、後者はコンクリート打放しではあるもののシンプルな一般型枠で仕上げられていて、二つの箱が重なった構成が仕上げの質感でより強調されていました。
槇さんの設計した建築では、ひとつひとつの建屋がパラパラとしていて、あえてまとまりをつくらない構成が多い印象。その意味では、刀剣博物館のように構成が明確な建築は新鮮に映りました。
ふらりと立ち寄りやすい情報コーナーやカフェ
大庇下のメインエントランスから館内に入った先は、旧安田庭園までまっすぐ伸びる廊下状のロビー。外観に現れた二つの建屋の重なりをそのまま踏襲するように、南北に伸びる廊下状の空間の途中で東西方向の通路が十字型に直交し、それらの余白に諸室を配置する平面計画がとられていました。
受付にこそ人がいるものの、1階の大部分は立ち入り自由で気軽に立ち寄れる空間。ひとつの階あたりの面積はさほど大きくないものの、事務室や展示室といった機能を上階に集約することで、1階を最大限開放しようとする意志を感じました。
例えば、エントランス脇に設けられた情報コーナーでは、刀剣が生まれるまでを示したパネルや映像がオープンに展示。ロビーとの間は扉で区切るのではなく、垂れ壁を設けたり床仕上げを切り替えたりすることで、ほどよい領域感をつくりつつもひとつながりの空間としてつくられていました。
また、庭園に面する南側には、屋外に対して大きく開いたカフェコーナー。カフェといっても店舗ではなく、自動販売機が置かれているだけではあるものの、無人であることでより気軽に立ち入りやすい空気感が生まれているように感じました。
ちなみに、独特な形状をしたカフェの外壁は、軸力だけを負担する耐力壁なのだそう*1。建物全体は壁式構造とすることで柱のない開放的な空間としつつ、必要な壁量や地震を負担する耐震壁を他の室で確保することで、旧安田庭園に向けた開放的な眺望を両立させているようです。
*1:『新建築 2018年7月号』(株式会社新建築社発行,2018)より。
柔らかな光の空間と高級感のあるスタッコ仕上げ
1階の内部空間で印象的なのが、天井からドーナツ状に垂れ下がったドレープカーテン。天井のダウンライトからの光がカーテンから漏れ出ることで、間接照明のような柔らかな光で空間が照らされていました。
建物全体としては金属パネルや低彩度の仕上げによる、いつもの槇さんらしい設え。そういった空間の中で、どこか懐かしさのあるドレープカーテンがかえって新鮮に映りました。
もうひとつ印象に残ったのが、光を反射してほんのり光るスタッコ調の壁仕上げ。槇さんの建築ではあえて色ムラが付けられた仕上げをよく見かけますが、この建築では色ではなく、光沢感にムラが付けられることで、真珠のような上品な高級感を生んでいるように感じました。
各所に使われているビーズブラスト仕上げのステンレスと並んでも、どちらかが目立ちすぎることのない、ほどよい光沢感。材料としては天然大理石の粒を入れることで光沢感を生む塗料が使われているそうで、*2自然素材に起因する光沢であることもこの上品さに一役買っているのかもしれません。
*2:『新建築 2018年7月号』(株式会社新建築社発行,2018)によれば、株式会社フッコーのメタルベネチアートが採用されているとのこと(HP:https://www.fukko-japan.com/products/metal-venetiart.html)
刀剣に特化した展示空間の設え
博物館の主役である展示室は、最上階である3階に位置。外観に現れた金属屋根の形状をなぞるように、曲面を描く天井が特徴的でした。
庭園側に開いた印象の1階とは対照的に、やや低めの照度で照らされた落ち着きある空間。やや薄暗くも感じる展示空間の中で、シルクの白背景に刀剣がぼんやりと浮かび上がる姿が印象に残りました。
刀剣専門の博物館ということで、照明の当てかたやガラスの反射率に設計上の工夫が凝らされているよう*3。照明などの展示のための設えが展示ケース廻りに集約されていることもあって、アーチを描く天井や壁がすっきりして感じられました。
*3:『新建築 2018年7月号』(株式会社新建築社発行,2018)より。
展示室のすぐ脇には、庭園を上から眺めることができるテラスもあり。面積が限られているためかあまり使われている様子はないものの、この近辺を見下ろせる建物は他になさそうなので、これはこれで貴重な体験のように思いました。
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刀剣博物館の建つ両国は、先述の通り都心からはやや外れた位置にある土地。ただ、訪ねたときには国内の様々な年代の方だけでなく、海外からの観光客と思われる方もちらほら見られました。
両国国技館やすみだ北斎美術館など、両国周辺には日本文化を感じることのできる建物も多く立地。そういった環境下で日本庭園に隣接するこの場所は、刀剣専門の博物館を建てる土地として確かに最適だったのかもしれません。
刀剣博物館
[竣工]2017年
[設計]槇総合計画事務所(建築)
[用途]博物館
[住所]東京都墨田区横網1-12-9
[HP]https://www.touken.or.jp/museum/