埼玉|建築

ヤオコー川越美術館|4種の光の空間を巡る蔵の街の美術館

「日本三大蔵の街」のひとつに数えられ、蔵の並んだ街並みが国の「重要伝統的建築物群保存地区」にも選ばれている川越市*1。現代日本を代表する建築家の一人、伊東豊雄さんが設計を手がけたヤオコー川越美術館は、そこから北東に10分ほど歩いた位置に建っています。

伊東豊雄さんの作品は全国に数多くあるものの、首都圏に建てられた建築で、内部を体験できるものは意外と多くない印象。都内から1時間半程度で行き来できることもあり、現地を訪れてきました。

*1:文化遺産オンラインWEBサイトより。(URL:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/197010

ヤオコー川越美術館の外観。蔵造りの建物が建ち並ぶエリアの北東、新河岸川の向かいに建っている。川越といえばまず蔵造りの建物を連想するが、そうした地域性とは無縁のコンクリート打放しの外観デザインは、伊東さんらしいともいえる

美術館の外観(近景)。一辺が約22mの正方形平面を立ち上げたシンプルな直方体。1階建かつ延床面積にして500㎡に満たないコンパクトな美術館

左:周辺は住宅地に囲まれているが、四周が池に囲まれていることで距離がとられ、美術館らしい緊張感が生まれている/右:美術館の館名サイン。サインデザインは廣村デザイン事務所が手掛けているよう

受付とミュージアムショップを兼ねたエントランス。建物全体は正方形平面を十字壁で大きく4つに区切ることで構成されている。4つの室は形状や自然光の取り入れ方、照明計画にそれぞれ変化が付けられており、異なる空間の質が生まれている

左:エントランスにはこの美術館を設立したヤオコーの1号店の模型も展示されている/右:エントランス脇の案内文にはヤオコーの歴史や館長挨拶に加え、この美術館の展示作家である三栖右嗣さんの生涯について書かれている

ひとつめの展示室。逆円錐型の有機的な造形の柱の足元がぼんやりと光る照明計画が印象的。照明の設計は東海林弘靖さん率いるライトデザインが手掛けているが、伊東豊雄建築設計事務所とは他に「MIKIMOTO Ginza 2」などでも協働している。つららのような柱の内側には雨樋も内包されているよう

ふたつめの展示室。天井には有機的な造形の奥に円形のトップライトが開いており、その下の円盤が調光盤の役割を果たしているよう。広々とした空間の中央にソファが置かれており、三栖氏の作品をじっくりと鑑賞することができる

建物の各所に円形のモチーフが頻出する。右の写真はエントランス天井に空いた小さなトップライト。内部には照明も設置有り

カフェ機能のあるラウンジ。三栖氏の大型作品に合わせてか壁が薄いピンクで塗装されている。室全体がトップライトで覆われているが、内側に半透明ガラスの天井が設けられていることでぼんやりと明るい落ち着く空間になっている

左:ラウンジの南側外壁には視線より下の高さに窓が開いており、この建物で唯一屋外の風景を眺めることができる/右:三栖氏の愛用品もアトリエ写真と共に展示されていた

ヤオコー川越美術館はその名の通り、埼玉県を中心に展開するスーパーマーケットであるヤオコーにより設立された美術館。展示作家である三栖右嗣さんも、その創業者である故川野トモ氏と知人関係にあった美術家のようです。*2

*2:ヤオコー川越美術館HPより。(URL:https://www.yaoko-net.com/museum/about/index.html

美術館の設計を伊東豊雄さんに依頼することになった経緯は定かではありませんが、伊東さんはこの後、ヤオコー本社ビルの設計も手がけており、施主が伊東さんに厚い信頼を寄せていたことがうかがえます。実際、この美術館で見られる直方体の中に有機的な造形を内包する構成は、伊東さんの他の作品にも用いられている特徴的な手法です。

「みんなの森 ぎふメディアコスモス」や「せんだいメディアテーク」など、伊東豊雄さんが手がけた近作は大規模な建築が多い印象。その中でこの美術館は、地上1階建、500㎡未満というコンパクトさでありながら、伊東さんらしい空間が凝縮されているように感じました。

ヤオコー川越美術館・三栖右嗣記念館
[所在地]埼玉県川越市氷川町109-1
[用途]美術館
[設計]伊東豊雄建築設計事務所(建築)
[施工]大成建設(建築)
[竣工]2011年
[HP]https://www.yaoko-net.com/museum/

[参考書籍等]
・『新建築2012年5月号』新建築社、2012