隈研吾さん達の設計で、2024年に開館した魔法の文学館。魔女の宅急便を始めとする作品を手がけた作家、角野栄子さんの作品を展示、収蔵する児童文学館です。
都内に隈さん設計のミュージアムができると知って、プロポーザル時から気になっていた作品。竣工して半年ほど経った頃に訪ねてきました。
緑の丘に建つ真っ白な建築
東京都江戸川区の最東端、旧江戸川に面して位置するなぎさ公園。スポーツ公園やポニーランドも有するのどかな公園の一角に、魔法の文学館は建っていました。
最寄りの葛西駅から徒歩30分と、遠方から訪ねるにはやや距離のある立地。平日に訪ねたこともあってか、公園を訪れる人はまばらで落ち着いた雰囲気だったのが印象的でした。
案内サインを手掛かりになぎさ公園の中央付近まで進むと、丘の上にぽつんと建つ白い建物。一面芝生の上に建っていることもあってか、どこか別世界にきてしまったような、幻想的な風景を生んでいました。
外観がここまで真っ白な建築は、隈さん達が設計した公共建築ではあまり見たことがない印象。後述する建物の構成も含め、隈さん達らしい建築というよりは、同時代の他の建築家との影響関係が各所から感じられる建築のように思いました。
花弁が広がったような「フラワールーフ」
建物の構成としては、住宅のような小さな建屋がギュッと集まったコンパクトなつくり。上からみると花弁が広がったような屋根形状になっているようで、「フラワールーフ」とも呼ばれているそうです。
屋根端部を見てみると、軒天井の梁を隠すように斜めにボードが貼られていて、確かに花弁のようなふっくらとした形状。隈さん達が設計した建築では、軒天井の梁を現し、屋根を薄く見せる納まりをしばしば目にしますが、それと対照的なこの納まりは「フラワールーフ」としてのディテールが検討された結果なのかもしれません。
緑の丘に埋もれるように建っているせいか、一見低層の建築に見えますが、実際は3階建ての建築。1階のメインエントランスとは別に丘の上にもカフェの出入口が設けられていて、それぞれを単独でも利用できるよう計画されていました。
いちご色で覆われた魔女の宅急便の舞台
ガラスで覆われたエントランスから建物内に入ると、ほとんど赤に近しいショッキングピンクで埋め尽くされた、色鮮やかな空間。一目で記憶に残るこの色は「いちご色」と呼ばれているようです。
隈さんがこれほどまで高彩度の色彩を使っていた印象がなかったので、当初は新しい挑戦なのかとも思いましたが、内部空間のデザイン監修については作家・アートディレクターであるくぼしまりおさんが手がけているそうです。*1
*1:魔法の文学館のHPより。(URL:https://kikismuseum.jp/post-499/)
くぼしまさんは角野さんの御息女だそうですが、内部空間にも角野さんの作品を思わせるモチーフが頻出。エントランスまわりの内装も『魔女の宅急便』の舞台である「コリコの町」をイメージしたものだそうで、童話に登場するような家々が建ち並ぶ意匠で覆われていました。
家々の窓ひとつひとつにはちょっとした仕掛けが仕込まれていて、図書館というよりは子どもの遊び場のような設え。展示デザインには乃村工藝社が入っているようですが、この辺りは彼らのノウハウが存分に発揮されているように感じました。
ちなみに内部の大部分を締めるいちご色の内装は、外観の一部にも表出。窓枠の内側やロールスクリーンの表地をピンク色に染めることで、白色の外観の中でアクセントカラーとしても機能しています。
ロールスクリーンの開閉によって、訪れたときの天候や季節によって外観の印象が変化する設えは、日常的にこの建築を訪ねる人が何度も楽しめるおもしろい工夫のように感じました。
大階段を中心に据えたメリハリある空間構成
建物内では、くぼしまさんや乃村工藝社らによる独特の内装デザインにばかり目が行きがち。ただ、建築設計者が主体となって進めたであろう空間構成に目を移すと、それだけでも高い完成度で実現しているように感じました。
例えば、館内中央に設けられている大階段。1階から3階までを一体的につなぎつつ、吹抜けを伴って堂々と設けられることで、求心性の高い象徴的な場が生まれているように感じました。
「コリコの町」に設置されたディスプレイでは角野栄子さんからの館内案内が上映されていて、大階段はこれに向かい合う位置関係。階段の端に丸いクッションが置かれていることからも、単なる移動空間ではなく、子どもたちの居場所としての役割が与えられていることがわかります。
こうしたダイナミックな空間がある一方で、その周囲の空間、展示エリアや図書エリアは天井高が低めに設定された落ち着きある空間。大階段だけで言えば近年の建築では珍しくはないものの、周囲の空間を対照的に、空間のプロポーションにメリハリをつけて計画されることで、それぞれの空間の特色がより際立って感じられました。
設えから生まれる多様な居場所
児童文学館の役割を担う諸機能は、大きくは大階段の右手に図書エリアが、左手に展示エリアが配置された計画。外観を特徴づけていた小さな建屋ひとつひとつに合わせて、それぞれ特色の異なる場が設けられていました。
具体的には、1階には先に登場した「コリコの町」の他、ミュージアムショップと図書エリアの3つのスペースが位置。図書エリアは2階にも設けられていますが、こちらは半分地下に埋まっていることもあって、家具等に囲まれたより静かな空間が多く設けられています。
1フロア上の2階レベルに位置するのは、芝生の丘に向けて開放的に設けられた図書エリアと、2つのギャラリー。ギャラリーも一方は角野さんのアトリエを模した常設ギャラリー、もう一方は企画展ギャラリーと、それぞれ異なる設えでつくられていました。
各室コンパクトでありながら、図書エリアひとつを見てもテーブルとチェアを設置した閲覧スペースや気軽に座れるベンチ、書架に囲まれた床座スペースなど、様々な形で本に触れられる多様性に富んだ設え。
こうしたバリエーションによって、気分に応じて居場所を選べるように計画されていたのが印象的でした。
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ショッキングピンクで覆われた内装が強く印象に残る一方で、実際に訪ねてみると空間構成や家具の設えも交えた相乗効果によって変化に富んだ居場所が生まれていたのが印象的でした。
根津美術館を始めとして都内には隈さん達の設計したミュージアムが数多くありますが、この魔法の文学館はそれらとはまた違った特徴を兼ね揃えていて、互いを比較しながら訪ねてみてもおもしろいかもしれません。
魔法の文学館(江戸川区角野栄子児童文学館)
[竣工]2023年
[設計]隈研吾建築都市設計事務所(建築)
[用途]児童文学館
[住所]東京都江戸川区南葛西7-3-1 なぎさ公園内
[HP]https://kikismuseum.jp/