この記事では、岡山県倉敷市の中でも、美観地区の西側に建つ建築群を取り上げます。美観地区といえば白壁土蔵、なまこ壁等の日本の伝統建物による景観が有名ですが、近代以降の名建築も各所に点在しており、観光としても建築を学ぶ修学旅行としても楽しめる地域となっています。
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旧倉敷天文台スライディングルーフ観測室
(設計)不明(竣工)1926年(参考)http://kuraten.jp/
(所在地)岡山県倉敷市福田町古新田940
2008年に倉敷市の登録有形文化財にも指定された、民間では日本国内初の天文台です。内部に設置されている天体望遠鏡も当時最大級だったとのことで、そちらも倉敷市の重要文化財に指定されています。倉敷紡績の専務も務めた実業家、原澄治氏の出資により設立されており、それによりここ倉敷市に民間初の天文台が生まれることになったようです。
建物名からも察することができるように、室内に設けられたハンドルを回すことで歯車が動き、切妻屋根が東西に開く機構を持っています。資料によれば雨漏りもほとんど生じなかったとのことで、大正時代にこのような仕組みを持った建物が実現していることには驚かされます。現在残っているものは創立時に近い意匠で平成25年に移築、復元されたもののようですが、赤い煉瓦造りの上に白い下見板張の映える、かわいらしい建物となっています。
大原美術館本館
(設計)薬師寺主計(竣工)1930年(参考)https://www.ohara.or.jp/
(所在地)岡山県倉敷市中央1-1-15
倉敷市を中心に活動した実業家、大原孫三郎氏とその友人である児島虎次郎氏が収集した美術作品を展示するために創立された美術館です。児島氏は大原氏の援助を受けてヨーロッパに留学しており、作品も西洋美術が主となっています。西洋美術中心の美術館としては、日本最初期のものにあたるようです。
設計者である薬師寺主計も児島氏と同様、大原氏の援助を受けてヨーロッパに留学していたとのことで、その影響はギリシャ神殿風の建物外観からも強く感じることができます。日本の伝統建物が並ぶ美観地区内にこの建物を発見したときは若干の衝撃を感じましたが、屋根のプロポーションが周囲の伝統建物と似ているせいか、見慣れてくると意外と風景に馴染んでいるようにも感じられました。
なお、後に増築された分館は倉敷市内に多くの建物を残した浦辺鎮太郎による設計です。
倉敷市立美術館(旧倉敷市庁舎)
(設計)丹下健三(竣工)1960年(参考)https://www.city.kurashiki.okayama.jp/kcam/
(所在地)岡山県倉敷市中央2-6-1
当初は倉敷市庁舎として建設されましたが、市の合併等を受けて新庁舎を別の土地に移転、1983年以降は市立美術館として使われるようになりました。各地で近代建築が壊されていく中、用途を変えてでも使い続けようとする運営側の姿勢には本当に頭が下がります。なお、2020年には登録有形文化財に登録されました。
コンクリート打放し仕上げの庁舎らしい堂々とした風貌に、上に反り返った出入口上部の庇からは若干の親しみやすさを感じることができます。出入口をくぐった先の大空間、エントランスロビーには圧倒的な迫力がありますが、構造的にはプレストレストコンクリートを多用することで、20mの大スパンを実現しているようです。壁にはモンドリアンを思わせる赤、青、黄の色彩が差し色として用いられているなど、設計者である丹下健三の遊び心も随所から感じることのできる建物となっています。
大原美術館分館
(設計)浦辺鎮太郎、倉敷レイヨン営繕部(竣工)1961年
(所在地)岡山県倉敷市中央1-1-15
先の大原美術館に後から増築された分館で、倉敷市内に多くの建物を残した浦辺鎮太郎により設計されました。大原孫一郎氏の息子である大原総一郎氏の意思により、評価の定まっていない同時代の美術作品の収集が目的とされたようで、西洋美術が主であった本館に対してこちらでは日本の近現代美術が多く展示されています。
建物としては堂々とした本館からは一転、全体的に高さが低く抑えられています。おそらくは伝統建物との調和が意図されたものと思われますが、本館と比べると、周辺の伝統建物による景観がより重要視された時期だったのではないでしょうか。なお、倉敷の美観地区もこの美術館の竣工後8年にあたる1969年に指定されています。
コンパクトな建物とはいえ随所に独特の意匠がみられ、中でもさまざまな石を埋め込んだ湾曲した外壁は他ではあまり見たことがありません。湾曲した屋根との組み合わせも特徴的で、浦辺氏ならではの感性を強く感じることができる建物となっています。
倉敷国際ホテル
(設計)浦辺建築事務所(浦辺鎮太郎)(竣工)1963年
(参考)https://www.kurashiki-kokusai-hotel.co.jp/
(所在地)岡山県倉敷市中央1-1-44
大原美術館分館と同じく、大原総一郎氏の依頼により浦辺鎮太郎が設計した宿泊施設です。1964年には日本建築学会賞を受賞している他、2003年度にはDOCOMOMO JAPANに選定されました。ホテルロビーに設置されている棟方志功の木版画は彼の手がけた作品の中では最大とのことで、世界でも最大の木版画であるようです。これもホテルと同じく、大原氏の依頼により制作されています。
建物外観は白い壁にコンクリートの笠がいくつも覆い被さったような姿をしており、一見どの高さに床があるのかわからなくなるような独特なスケール感をもつ建物となっています。見上げるとコンクリートの笠が非常に薄く見え、重厚感のあるコンクリートとはまた違った軽やかな印象を感じられました。
倉敷市立自然史博物館(旧倉敷市水道局庁舎)
(設計)浦辺建築事務所(浦辺鎮太郎)(完成)1971年(竣工)1983年(改修)
(参考)https://www2.city.kurashiki.okayama.jp/musnat/
(所在地)岡山県倉敷市中央2-6-1
元々水道局の庁舎として建設、使用されていましたが、改修により博物館へと転用されました。旧倉敷市庁舎の美術館への転用など、倉敷市には古きよき建物を改修して長く使うという文化があるのかもしれません。長く愛されている建物をみると、こちらも嬉しい気持ちになります。
庁舎として建設されたこともあってか、建物外観は非常にシンプルかつ端正な風貌となっています。同形状の窓が一定のリズムで並ぶ立面は、改修時期に建設された同じ浦辺氏設計による倉敷市立中央図書館にも受け継がれています。
倉敷市立中央図書館
(設計)浦辺建築事務所(浦辺鎮太郎)(竣工)1983年
(参考)http://www.kurashiki-oky.ed.jp/chuo-lib/index01.html
(所在地)岡山県倉敷市中央2-6-1
倉敷市立自然史博物館や大原美術館分館と同じく、浦辺鎮太郎設計による図書館です。これら3建物が近隣に集まり文化ゾーンを形成していますが、それらがすべて同じ設計者によるものだということは驚くべきことです。公共事業も含まれることから賛否両論はあるかとは思いますが、景観としてはそのほうが一体感を形成しやすく、整えやすいことは大きな利点でしょうか。
建物としては先の自然史博物館との一体感を意識してか、同一形状の窓が一定のリズムで並んだ外観となっています。1階の腰壁部分には独特な並べ方でタイルが配されており、さりげない部分に浦辺氏らしさを感じられる建物となっています。
倉敷市芸文館
(設計)浦辺設計(竣工)1993年(参考)https://arsk.jp/geibun/
(所在地)倉敷市中央1-18-1
800席以上のメインホールや最大200人が収容できる小ホール、会議室などをもつ施設です。メインホールは演劇の他、コンサートにも対応できる設備が設られています。設計を手がけた浦辺設計は浦辺建築事務所が1987年に社名変更をした後継にあたります。浦辺建築事務所の創立者である浦辺鎮太郎氏は1991年に逝去されていますが、新体制での浦辺設計による最初期の作品といってよいのではないでしょうか。
建物外観はホールに要求される気積をもとにしながら、周囲の伝統建物を模したかのような勾配屋根や装飾が付与された意匠となっています。浦辺建築事務所時代の意匠も一部に取り入れられていますが、建設時の時代を反映してか、よりポストモダン的な印象が感じられる建物です。
岡山県倉敷市の建築のうち、美観地区の西側に建つ建築群は以上です。この辺りは飲食店にも魅力的なものが多く、建築に興味のない方と連れ立って行っても楽しめるのではないでしょうか。日本の伝統建物が建ち並ぶ風景を眺めるだけでも楽しめますので、親子連れにもおすすめできる地域です。
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