静岡県のほぼ中央、静岡県立大学草薙キャンパスのすぐ近くに建つ静岡県立美術館。地元静岡に根ざした4つの設計事務所の協働により設計された、重厚な佇まいの本館を有する美術館です。
後年に増築、ロダン館と名付けられた別館は、この本館とは対照的にとても軽やかな展示空間。よく晴れた夏の日、日本平の麓に建つこの美術館を訪ねてきました。
日本平の麓、緑に覆われた美術館
静岡県立美術館が位置するのは、JR東海東海道本線の草薙駅からバスで15分ほどの土地。たくさんの緑に覆われた小高い丘、日本平の麓に建っています。
敷地が広々としていることもあって、一見1階建てにも見える低層で建てられたコンパクトな外観。正面に向けて低く抑えられた勾配屋根で覆われていることもあって、周囲の丘陵地に溶け込んだ一体感のある風景を形成していました。
ちなみにこの美術館、元々は新静岡駅近くにある駿府城公園への建設が予定されていたそう。建設着工の際に遺跡が発見されたことで現在の敷地へと変更、計画も見直しになったそうです*1。
*1:『新建築 1986年6月号』(株式会社新建築社発行,1986)より。
冒頭で書いた通り、本館の設計は地元静岡に根差した4つの設計事務所による設計共同企業体、静岡設計連合によるもの。当初の計画案がどのようなものだったかはわかりませんが、実現した建築が日本平の風景に似合う外観であることからも、今とは違った姿だったであろうことが想像されます。
敷地変更後の設計期間は4.5ヶ月しかなかったそうなので、相当の苦労のもとで実現した建築だといえそうです。
洞窟に潜り込んだような陰影のあるエントランスホール
平入りに設けられたメインエントランスから館内に入ると、まず目にするのは上階まで大きく吹き抜けたダイナミックなエントランスホール。風除室のすぐ先は天井高が低く抑えられていることもあって、その奥の広々とした空間がより強調されて感じられました。
ホールのやや中央で空間の垂直性を強調している独立柱には、凹凸のある素材感の強い仕上げが採用されていて、どこか洞窟の中に潜り込んだような空間。その周囲のエントランスホール廻りの壁面も彩度の抑えられたシックな石材で仕上げられ、上からの間接照明により素材の陰影がより際立って感じられます。
適度な大きさで割り付けられたこの石材は、四国産の由良石という石材が使われているそう*2。素材感の強い独立柱もそうですが、1枚1枚が大判すぎないことが人の手触りのようなものを思い起こさせ、空間に適度なヒューマンスケールを生んでいるように感じました。
*2:『新建築 1986年6月号』(株式会社新建築社発行,1986)より。
エントランスホールとしては一見広々とし過ぎている印象があるものの、その一角はワークショップ等を行うイベントスペースとして使われている等、有効活用されている様子。巨大な空間にこうした人の居場所が生まれているのは、居心地の良いスケール感が生まれていることのひとつの現れであるように思いました。
劇的な空間とシンプルな展示室の対比
エントランスホールの一角には、スペインの画家であるファン・グリスなど著名な美術家の作品を飾った展示ケースも有り。この美術館の展示室は主に2階に置かれていますが、それらとは別に、特別感のある作品として象徴的なかたちで展示されていました。
2階の展示室へは、くの字型に設けられた大階段を通じてアプローチ。大階段とエントランスホールの間には一切の仕切りはなく、その様子を眺めながら展示室へと向かうシークエンスがつくられています。
エントランスホールまわりがこうした劇的な空間として設えられている一方で、展示室自体はいわゆる美術館然としたオーソドックスな設え。色彩こそ建物全体で整えられているものの、展示室としてはシンプルな意匠に留められています。
両者の展示スペースの設えにメリハリが付けられていることで、エントランスホールの存在感がより高まって感じられたのが印象的でした。
自然光で満たされたロダン館
2階展示室を抜けた先は、別棟として建てられているロダン館に接続。本館が竣工した1986年から約7年後、1993年に増築された建物で、その名の通り主に19世紀を代表する彫刻家の一人であるオーギュスト・ロダンの作品が展示されていました。
ロダン館に一歩足を踏み入れると、それまでの洞窟のような空間から一変。アーモンドのようなかたちをした空間のほぼ全体がトップライトで照らされていて、とにかく明るい自然光で満たされた空間が強く印象に残ります。
この静岡県立美術館では、元々エントランスホールにロダンの代表作である「カレーの市民」を展示していたそう。それをきっかけにフランス国立ロダン美術館との友好関係が成立、ロダンの作品を収集・展示するに至ったようです。
展示室では各スペースごとに床の高さに変化が付けられていて、ワンルームながらもシークエンスが様々に変化。この建物が建てられる前の地形を活かしているのか、あるいは空間的な操作なのかは定かではありませんが、いずれにせよロダンの彫刻作品が様々な視点から楽しめるのはこの空間ならではのように感じました。
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日差しの強い日に訪ねたこともあって、開放的な前庭から落ち着きある本館へ、その先にまた明るく開かれたロダン館へ、と対照的な空間を行き来する空間体験が印象に残りました。緑に囲まれた立地とも自然とつながるシークエンスで、この土地だからこそこのような美術館体験が生まれているのだと言えるのかもしれません。
静岡県立美術館
[竣工]1986年(本館)1993年(ロダン館)
[設計]設計共同企業体 静岡設計連合(本館)、日総建(ロダン館)
[用途]美術館
[住所]静岡市駿河区谷田53-2
[HP]https://spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/