先日、山梨県にある清春芸術村を訪ねてきました。
ここは、複数の小さな美術館やいわゆるアーティスト・イン・レジデンス※のような機能を備えた施設が集まったエリアで、各建物の設計は谷口吉生氏や安藤忠雄氏といった錚々たる顔ぶれの建築家が手掛けています。
※アーティスト・イン・レジデンスとは(参考URL)https://bijutsutecho.com/artwiki/17
都内からはやや距離があり、公共交通機関ユーザーとしてはなかなか大変な立地にあるのですが、都内ではなかなか見ることができない用途ということもあって前々から見学したいと考えていた山梨県内の他施設と抱き合わせで見学に伺ってきました。
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1.芝草地に点在する個性的な建築群
ここ清春芸術村は約12,000m2ほどのエリアに様々な用途の建物が建てられていて、清春芸術「村」という名称にもあるように、ある種の集落のような風景がつくられています。美術館やアーティスト・イン・レジデンスの他、図書館やレストランなど各々個性的な建物が、一面芝生で覆われた土地のあちこちに点在しています。
元々は、吉井画廊というギャラリーのオーナーである吉井長三氏が1977年にこの地を訪れ、1981年に後述するラ・リューシュを建設したことから始まったようです。
それぞれの建物はすべて同時期に完成したわけではなく、ラ・リューシュが完成した1981年から2011年まで、ほぼ数年毎に新たな建築物や工作物が建てられています。
1981 | ラ・リューシュ 完成 | (設計)ギュスターヴ・エッフェル |
同年 | 清春陶芸工房 完成 | |
1983 | 清春白樺美術館 完成 | (設計)谷口吉生 |
1986 | ルオー礼拝堂 開堂 | (設計)谷口吉生 |
同年 | ラ・パレット 完成 | |
1989 | エッフェル塔の階段 移設 | |
同年 | 梅原龍三郎アトリエ 移築 | (元設計)吉田五十八 |
2002 | 白樺図書館 開館 | |
2006 | 茶室 徹 開堂 | (設計)藤森照信 |
2011 | 光の美術館 開館 | (設計)安藤忠雄 |
目的や経緯等については施設のWEBサイト等にも詳しくありますが、吉井氏と交流のあった白樺派の作家の構想をもとに、芸術家を育成するための場としてつくられたのが始まりのようです。
ある意味では有名建築家のテーマパークのようでもあり、そのこと自体には賛否両論もありそうです。ただ、既に個性を確立した建築家の作品が並んでいるせいか、彼らの建築の特徴がより際立ってみえる風景のように感じました。
2.ラ・リューシュ―十六角形の拠点施設
清春芸術村の門をくぐってまず正面に見えるのは、先にも書いたアーティスト・イン・レジデンスの拠点機能をもつラ・リューシュです。
これを設計したギュスターブ・エッフェルはパリのエッフェル塔を設計した技師として有名ですが、同じパリで開催された1900年の万博でもパビリオンを設計しており、これはそれと同じものを再現したものです。
元々吉井氏は、実物のパビリオンの購入と移築を検討していたようですが、それは現地での保存が決定したため、設計図を買い取って同じものを再現したという経緯のようです。
外観からもわかる通り、十六角形の平面形状が特徴的です。各辺には階段室への出入口の他、アーティストが創作を行う場が割り当てられており、筆者が訪ねたときにも芸術家らしき方々が資材を搬入していました。
裏表なく四方八方に顔を向けていることもあり、機能面だけでなく、景観の面でもこの清春芸術村の拠点施設のような役割を果たしていると言えそうです。実際、この建物内には清春芸術村に関連する商品を販売するミュージアムショップや資料室も入っており、運営をされている方の事務室機能も果たしています。
先にパリのラ・リューシュの再現であると書きましたが、元のラ・リューシュは樹木で囲まれた土地に建っているのに対し、このラ・リューシュは芝生地の中にただ一件、ぽつんと建っています。そうした状況下にあるせいか、十六角形の平面形状であることが建物の象徴性を高めていて、敷地環境によって全く違った見え方をするあたりは建築ならではのおもしろさだと言えるかもしれません。
3.地域の風景とつながるアーティスト・イン・レジデンス
ところで、僕が初めてアーティスト・イン・レジデンスという用語を耳にしたのは、今から10年くらい前、学生時代の設計課題の講評会でのことでした。その設計課題はとある国外の山奥にある集落が敷地に指定されていて、友人はそのあちこちに建物を点在させ、集落全体をアーティスト・イン・レジデンスとして活用する計画を提案していました。
芸術家がアーティスト・イン・レジデンスに滞在する動機を僕なりに解釈すると、それがある土地とのつながりをもとに創作物をつくろうとする点が一つ挙げられるように思います。ただ、施設自体を一角に囲ってしまうと、動機の一つであるそのつながりは切れやすくなってしまう。
先の友人の提案はこうした状況を踏まえ、集落内にアーティスト・イン・レジデンスの拠点を点在させることで、集落とのつながりを強化しようとするものだったと思います。当時はなるほど、と聞いていましたが、今になって思い返すと、そうした提案は古きよき集落にある意味で「異物」をばらまくことであり、やや暴力的すぎたのではないか。
この清春芸術村は、まさしく土地の一角に関連施設を集約することでつくられています。ただ、周辺との境界にある柵は細いワイヤーのみで、ほとんど仕切られていないも同然。また一面芝生で覆われている中に各施設が離れて点在していて、家々が低密度に並ぶ風景の中にあっても何の違和感もない。
たとえ機能的には切れていても、風景や空間のつくりかたでつながりをつくることができるのではないか、清春芸術村にはそう思わされるような風景がありました。
余談、エッフェル像と階段
余談になりますが、ラ・リューシュの背後には、鉄像と螺旋階段が建っています。これはラ・リューシュを設計したエッフェル氏の像と実際にエッフェル塔で使われていた螺旋階段で、前者は現代美術家のセザールによりつくられたもの、後者は完成100周年の際にフランスから移設されたものだそうです。
他の建物とも離れてぽつんと立っていて、この清春芸術村のマスコットキャラクターのような存在感があります(実際にはかなり無骨で荒々しい表情なのですが)。