神奈川|建築

箱根の大自然に佇む静かな美術館|ポーラ美術館

久々に雪が降った直後の某日、ポーラ美術館を訪ねてきました。前々から見に行きたい建築の一つではあったものの、距離的に近くはないこともあってなかなか重い腰があがらず。ただ、昨年末から3月にかけて気になる展覧会が同時開催されていることもあって、この機会に出かけてきました。

 

大自然に浮かぶガラスの屋根

バス停から美術館へのアプローチ。道路からはガラスの屋根がみえる

箱根の山奥にあるポーラ美術館は、美術館としての若干の緊張感を有しつつも、大自然の中にふさわしい大らかさをもった建築でした。

美術館に必須となる展示室や作品庫等は、すべて道路よりも低い下の階におさめられ、バス停を降りてから美術館入口までのアプローチで見えるのはほぼガラスの屋根のみ。降雪直後で背景が眩しい純白の世界だったこともあり、建築の姿が大自然にとけこんださわやかな風景を感じました。

ダイナミックに連続する階段状の吹抜空間

(左)メインエントランスの自動ドア。全面木で覆われている(右)吹抜から下階を見下ろせる

道路からブリッジを渡った先にある、ポーラ美術館のメインエントランスは実は2階。木で覆われた大きな自動ドアをくぐると、すぐ脇に下階へと続く階段状の吹抜空間が伸びています。

(左)下階からの見上。クリス・ウィン・エヴァンスの作品がダイナミックに展示されている(右)下階からメインエントランス側をみる

エスカレーターで1つ階を下りた1階が受付やレストラン、さらに下った地下1階と地下2階に展示室がまとめられた階構成。エスカレーターを下りる脇には吹抜を貫くようにケリス・ウィン・エヴァンスの作品が展示されており、4層分が連続する吹抜空間をさらにダイナミックに感じることができました。

大自然を背景とする展示空間

大自然を背景とする展示室

各階の展示室では、壁のあちこちに空けられた大きな窓から屋外を眺めることができ、外の風景がそのまま展示作品の背景となるような室も。多くの美術館で見られる白い壁に囲まれた展示室ではなく、この土地ならではの気持ちのよい空間となっていました。

訪ねたときにはアメリカの現代美術家、ロニ・ホーンの展示が行われていましたが、箱根の地の森林を背景に展示されている姿がとても自然で、この美術館だからこそ実現できた展覧会のように感じました。

エンタシスのある鉄骨十字柱

(左)繊細なプロポーションの鉄骨柱。断面は十字形状(右)鉄骨柱には溶接跡がみられない

技術的な観点からは、美術館のあちこちで屋根や床を支えている十字形状の鉄骨柱が目を惹きました。なかでも、エントランスから展示室までをつなげている4層吹抜を貫く柱は、細長くとても繊細なプロポーション、かつエンタシスのある独特な形状。

一般的に、一定の大きさを超える鉄骨柱、特殊な形をした鉄骨柱は、部分毎に分けてつくってから工場又は現場で溶接で接合してつくられます。ただ、ここでみられた鉄骨十字柱についてはこの溶接跡を見つけることができず。どのようにつくったのか気になる点の一つでした。

繊細な加工による鉄骨十字柱との取り合いディテール

鉄骨と天井や床の取合いディテール

鉄骨十字柱の周囲では、床や天井と取り合う部分にも設計者や施工者のこだわりが感じられました。

フローリングの床材やプレキャスト・コンクリート(※)の天井など、鉄骨十字柱と取り合う材料はすべて柱の位置に合わせるように割付けられ、かつ十字形状にくり抜くように繊細に材を加工。職人さんの苦労が若干偲ばれるものの、隅々の詳細まで丹念に考えられ、関係者全員のものすごい熱量がかけられてつくられていることを実感することができました。

木々の間を巡る散策路と視点場

散策路の途中から美術館をみる。建物内にみえるのは地下1階のカフェ

展示を一通り見終えてから美術館の外に出ると、周囲に散策路が設けられていることを示すサイン。帰路の途中から脇道に入ると、美術館の周囲をぐるりと取り囲むようにウッドデッキの歩道が整備されています。周囲の木々の間を渡っていくようにここを巡っていくと、美術館を様々な視点場から眺めることができました。

この散策路には美術作品が展示されていることもあるようで、訪問した際にはロニ・ホーンの作品が展示されていました。

美術館を成立させる深い地下空間

散策路の途中より美術館をみる。免震構造のためのクリアランスを兼ねた大きな堀が設けられている

ポーラ美術館は全館免震構造。散策路を巡る中で建物の脇に深い地下空間の存在を感じることができますが、ここに免震装置や空調機械室といった美術館機能を成立させるための仕組みが収められているものと思われます。

地上から見える繊細な美術館と、それを成立させている地下に隠れた管理機能。散策路から両者が同時に感じられる体験は、とてもおもしろく感じました。

ポーラ社と日建設計

なお、ポーラ美術館はその名の通り、化粧品等で有名なポーラ社によって設立されています。元々は、1996年に財団法人ポーラ美術振興財団が設立、当時のポーラ社の社長であった鈴木常司さんが財団の理事長にも就任され、彼のコレクションを展示・公開することが目的とされたようです。

建築の設計は日本最大手の組織設計事務所である日建設計。意匠設計を担当されていた安田幸一さんはこの美術館の竣工直後である2002年に独立、東京工業大学の助教授に就任されていますが、この作品は村野藤吾賞や日本建築学会賞など数多くの賞を受賞しており、安田さんの代表作の一つと言われています。

メンテナンスの行き届いたみなに愛される美術館

(左)地下1階から天井を見上げる。ガラスの屋根から空がみえ、屋根がないよう(右)天井見上げ

今回の訪問で最も印象に残ったのは、竣工から約20年も経つとは思えない、洗練された美術館の姿でした。

丁寧に考えつくされたディテールは現在においても全く古びていなく、かつ建物の隅々まで行き届いたメンテナンスもこの美術館を瑞々しい姿に保っている一因かと思われます。一般的に、ガラスの屋根はその汚れの目立ちやすさとメンテナンスの手間等から忌避されがちですが、このポーラ美術館では竣工から時間が経った現在でも美しい姿が保たれており、それだけ関係者に愛されていることが伝わってきました。

建設当時の建築主や施工者、設計者だけでなく、現在においてもなお愛され続けるこのポーラ美術館の姿は、一つの理想形のように感じました。

ポーラ美術館
[所在地]神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
[開館時間]9:00-17:00(入館は16:30まで)
[休館日]年中無休(展示替えのため臨時休館あり)
[入館料]展覧会に準ずる