東京都狛江市のすぐ隣、神奈川県川崎市に広がっている生田緑地。日本を代表する現代美術家、岡本太郎さんの美術館はその中に建っています。首都圏とは思えないほど生い茂った森、その中に埋もれるように建つ建築。興味を惹かれる企画展が開催されていたこともあって、訪ねてきました。
賑やかな広場から木々の間を抜ける静かなアプローチ

小田急小田原線沿い、和泉多摩川駅から2つ先にある向ヶ丘遊園駅。生田緑地はそこから歩いて15分ほどの場所に位置していて、その内側には日本民家園や青少年科学館など、多くの施設が集められています。

駅側の生田緑地入口から美術館までは概ね上り坂になっていて、どこかハイキングに訪れたかのような気分に。青少年科学館前の広場ではイベントも開催されていて、親子連れやお年寄りなど多くの人で賑わっていました。

賑やかな広場を抜けて岡本太郎美術館に向かうと、徐々に落ち着きある空気感に。高くそびえ立つ木々の間を抜けるアプローチは神社の参道ような静けさがあり、賑やかなエリアから静かな場へと気分を切り替える場として機能していたのが印象的でした。
ランドスケープと一体となった美術館

木々の間を抜けた先にあるのは、およそ6~7mほどの高さの大階段。脇には階段状に水が流れ落ちる水景が整備されていて、自然の中に建つ美術館ならではのアプローチ空間が演出されていました。

大階段を登った先にあるのは、空に向けて視界が開けた美術館前広場。奥にみえる彫刻作品のせいか、美術館というよりもテーマパークを訪れたときのような高揚感がありました。


左右に建ち並ぶ建屋のうち、一見、右手に建つ建物が美術館のエントランスかと思いきや、こちらはカフェテリア。実際には、左手側の洞窟のような建屋が美術館のエントランスで、ぱっくり開いた谷間に潜り込むようなかたちで出入口が設けられています。
木々に囲まれたアプローチ、水の流れる大階段、洞窟のようなエントランスと、背景にある大自然と美術館とが一体的なランドスケープを形成していたことが印象に残りました。

ちなみに、先に見えていた巨大な彫刻作品は岡本太郎さんの「母の塔」。この美術館と合わせて建設されたもののようで、美術館前広場からさらに大階段を上った先に、堂々と立っています*1。
*1:川崎市岡本太郎美術館HPより。作品ができるまでの経緯が掲載されている(URL:https://www.taromuseum.jp/towerofmother.html)

この作品の手前に広がる広場はイベント会場として活用されているようで、ときにはライブペインティングなども行われているよう。海外などでは搭状の建物の前でイベントが行われている姿をよく目にしますが、巨大な彫刻作品の前にイベント広場が広がる様子はそうした光景を思い出しました。
洞窟のような空間と民俗芸術、縄文芸術

谷間に設けられたエントランスの先に位置するのは、釣鐘のような岡本太郎さんの作品「太陽の鐘」。高天井に空いたトップライトからは自然光が射し込んでいて、この作品を祀っているかのような厳かさを感じました。
岡本太郎さんの作品をみているとしばしば民俗芸術を思い起こしますが、その作風と、教会のようなシンボリックな空間との相性の良さを改めて実感。

洞窟のような外観であることを先に書きましたが、内部空間でもそれを踏襲したかのような設えがところどころに見られました。
例えば、壁の仕上げは荒々しい左官で仕上げられていて、色彩としても土で覆われたかのような赤茶色。開口部では壁の厚みが強調され、空間の重厚さを強く感じました。
岡本太郎さんといえば縄文芸術に関心をもっていたことが知られていますが、土の荒々しさを感じさせるこうした表現は、こうした岡本太郎さんの関心もひとつのヒントになっているのかもしれません。
作品に応じた多種多様な設えの常設展示室

展示室の手前で待ち構えているのは、壁と合わせて一面赤く塗られた岡本太郎作品。空間全体が下方からのアッパー照明で照らされていて、展示室の出入口らしい場面転換が演出されていました。


前半の展示室では主に常設展示が行われていることもあって、展示内容に応じた多種多様な設えが登場。例えば、岡本太郎作品の年表が展示されたエリアでは手前の壁に横長の開口部が空けられ、そこから覗き込む展示方法がとられていました。

また、白く塗られた作品が置かれたスペースでは照明の照度がギリギリまで落とされ、暗闇の中で作品をみる展示計画。座ることのできる作品が集められ、半ば休憩スペースのようになっている展示エリアもありました。
絵画はもちろん、彫刻を始めとする立体や映像、家具といった多様な作品を展示。岡本太郎さんの作品の幅をそのまま形にしたような設えが印象に残りました。

なお、展示設計は岡本太郎さんが立ち上げ、現在は東京の岡本太郎記念館の館長でもある平野暁臣さんを代表を務める現代芸術研究所が手掛けているようです*2。
*2:展示室の照明を手がけた東芝ライテック株式会社のHPより(URL:https://jirei.tlt.co.jp/index.cgi?mode=detail&kt=&id=1691)
上り下りを繰り返す展示動線

常設展示室の展示スペースは、作品の特色ごとにフロアレベル(床の高さ)に変化がつけられ、上り下りしながら各スペースを行き来する展示動線。近年の美術館ではバリアフリーの観点から段差を多くつくることは好まれないので、このような展示室のありかたはとても新鮮に映りました。

段差が多いとはいえ、展示スペース同士は階段の他にスロープでもつながれていて、車いす利用者にもきちんと配慮された動線計画。スロープも一様でなく、円弧上に設けられたスロープは展示の鑑賞体験、空間体験としても一役買っています。
都内の美術館だとそもそもスロープのための面積を確保するのが難しい部分もあるので、ある意味広々としたこの土地だからこそ可能な展示計画とも言えるように思いました。

展示スペースごとに上り下りを繰り返すという点では、山梨県にある中村キース・ヘリング美術館を想起。竣工年としてはあちらの方が8年ほど後になりますが、ランドスケープ一体の美術館、特定の現代美術家を取り扱う美術館という点で共通点もあり、何らかの影響関係があるのかもしれません。
オーソドックスな企画展示室

常設展示室を抜けた先、企画展の展示室は、大空間に可動の展示壁が立ち並ぶ比較的オーソドックスな設え。ただ、室の中央にはガラスの展示室が設けられていて、これが展示スペースの良いアクセントになっています。

訪ねたときの企画展は、「岡本太郎に挑む 淺井裕介・福田美蘭」展。展覧会名の通り、淺井裕介さんと福田美蘭さんによる展覧会で、岡本太郎さんの作品を取り上げながらそれと対応関係をつくるように作品展示がつくられていました。



元々このお二人の作品見たさで訪ねたところでしたが、淺井さんは新作一点を含む充実した数の作品を、福田さんに至っては出展された作品すべてが新作だったそう。作品だけでも大満足の体験でしたが、どの作品もこの岡本太郎美術館の立地や空間との連関性を思わせるようなもので、空間との相性の良さという観点でも強く印象に残りました。
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岡本太郎美術館を訪ねたとき、美術館に辿り着く前にまず生田緑地の居心地の良さに驚かされました。多くの自然に囲まれたこの立地を活かしつつ、また土着的なものへの関心が強い岡本太郎さんの作品を展示する場ということで、ランドスケープに埋もれたこの美術館はとてもしっくりくる建ち方をしているように感じました。
川崎市岡本太郎美術館
[竣工]1999年
[設計]久米設計
[用途]美術館
[住所]神奈川県川崎市多摩区枡形7-1-5 生田緑地内
[HP]https://www.taromuseum.jp/