この記事では、長野県の軽井沢町のうち、中軽井沢駅の南側に建つ建築群を取り上げます。駅の南側といっても駅から離れた位置に建っているものが多く、最も近いものでも徒歩だと20分以上かかる距離にありますが、少し遠出をしてでも見る価値のあるものばかりです。なお、軽井沢駅周辺編と同様、ヴォーリズの建物は別にまとめる予定です。
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深沢紅子野の花美術館(明治四十四年館(旧軽井沢郵便局舎))
(設計)不明(完成)(竣工)1911年(移築)1996
(参考)http://www.nonohana.hs.plala.or.jp/
元は軽井沢郵便局として建てられたものですが、後に現在の位置に移築、深沢紅子氏の美術館として使われるようになりました。2008年には国の登録有形文化財にも指定されています。独特なミントグリーンの外壁は、移築時に当初の色彩に戻されたものとのことですが、現在ではこのような強い色彩が外壁に使われることはほとんどないので、建設当時の時代性を想像させられます。
正面からみるとシンメトリーの規律性ある外観となっていますが、出入口部分の飛び出た下屋の屋根形状はあまり見ないプロポーションのように感じました。左右から屋根を連続させつつ、中央では切妻形状の屋根で受け止めているのは、頂部の切妻と合わせると共に建物のシンメトリー性を強めたかったのでしょうか。
ペイネ美術館(夏の家)
(設計)A.レーモンド(完成)(竣工)1933年(移築)1986年
(参考)http://www.karuizawataliesin.com/look/peynet
元は建築家のA.レーモンドが自身の別荘として軽井沢の南ヶ丘に建てたもので、後に現在の位置に移設、フランスの画家レイモン・ペイネの美術館として使われるようになりました。赤色に塗られた外観がまず目を引きますが、移築前の白黒写真を見たときにはもう少し明るい色に見えました。移築の際に方位も変更されたとのことなので、外壁の色なども含めて各所に手が入れられているのかもしれません。
この夏の家の主室は、ル・コルビュジエのアンビルド作品である「エラズリス邸」を模倣したことをレーモンド本人が発表しているようです。とはいえ木造モダニズムの作品を多く残したレーモンドらしく、木造の質感でありながらも寸法やディテールの扱いにより抽象化された彼らしい空間になっていると感じました。
軽井沢千住博美術館
(設計)西沢立衛建築設計事務所(完成)2011年1月
(参考)https://www.senju-museum.jp
千住博氏の作品を収蔵、展示する美術館で、公益財団法人国際文化カレッジにより創立、運営されています。公式HPによれば千住博氏自身が計画にも深く関わっているようで、設計者である西澤立衛氏とも議論を重ねてつくられた様子が想像してとれます。
美術館の周囲には多くの植栽が植えられており、資料によれば150種類以上、6万株にもなるようです。内部空間は起伏の豊かなコンクリート床がまず特徴的ですが、これは美術館が建つ前の起伏がベースになっているとのことで、既存ランドスケープをどのように尊重するかという豊島美術館からの流れがみて取れます。他にも西澤氏の過去作品の文脈を多く引き継いでいる部分が多く、集大成の一つだと言ってよいのかもしれません。
西澤氏は、先の豊島美術館や十和田市美術館においても展示作家と直接やり取りを行いながら設計を進めており、展示作品と建築が不可分であるかのような空間を多く生み出しています。ここで展示されている作品群はこの美術館に合わせて描かれたものではありませんが、構造ブレースが仕込まれた様々な向きの展示壁や床の起伏によるシークエンスの中でみる千住氏の絵画は、ここで展示ために描かれたと言われてもとても自然に感じられます。
軽井沢千住博美術館カフェ・ショップ棟
(設計)安井秀夫アトリエ(完成)(開業)2011年10月
(参考)https://www.senju-museum.jp
美術館に隣接するカフェ及びショップ棟で、こちらは安井秀夫氏の設計によるものです。ランドスケープのように緩やかな屋根で覆われた美術館とは対比的で、鋭角の多いアイコニックな造形をしています。美術館を訪ねるとまず目に入るので、ランドマーク的な役割を意図したのでしょうか。
外装にはガルバリウム鋼板の一文字葺が採用されており、陰影を感じる外観ですが、出隅部は全て折曲げて納められる等全体としては抽象的なディテールが多く採用されており、それが造形の独自性を強めているように感じられます。内部でも斜めの壁に棚や照明が仕込まれていたりと、この造形が存分に活かされた空間となっています。
軽井沢アイスパーク
(設計)山下設計(完成)2013年3月
(参考)https://www.kazakoshi-park.jp/ice-park/
軽井沢の風越公園内にある軽井沢町所管の施設で、屋外にスケートリンク、建物内にはカーリング専用のホールが設けられています。国内最大級とのことで、国内外の大会が多く開催されている他、一般向けの体験レッスンや愛好者向けの大会も行われているようです。
カーリングホールでは、カーリングのコースと並行方向に山なり状の天井が伸びていることで、選手の競技がよりダイナミックに見えるのではないでしょうか。ロビー空間の内装仕上げには杉板型枠のコンクリートや節目のある木材が使われており、どこか雪国のログハウスのような空間性を感じました。
軽井沢風越公園総合体育館
(設計)山下設計(完成)2014年6月
(参考)https://www.kazakoshi-park.jp/gymnasium/
2013年に竣工したアイスパークと同じく風越公園内にある軽井沢所管の施設で、こちらはメインアリーナや武道場、スタジオやランニングコース等、多種多様なスポーツに対応した建物となっています。
建物自体もアイスパークと同じく山下設計が設計しています。同じ設計者かつアイスパークの1年ほど後に完成ということで、円弧形状の屋根や節目のある木材とコンクリートの取り合わせなど、意匠を合わせようとしたのだと想像される部分が随所に見られますが、こちらは屋根を支える構造が多くの空間で現しになっており、より素朴な印象を受けました。
軽井沢発地市庭
(設計)宮本忠長建築設計事務所(完成)2016年3月
(参考)https://karuizawa.hotchi-ichiba.com/
軽井沢町の農産物直売所として使われている施設で、南軽井沢エリアの観光振興の拠点に位置づけられているようです。近年、建築家の設計する農産物直売所をよく目にするようになった気がしますが、施設自体の需要が増えているのか、それとも建築家がこのような施設にも取り組むようになったのか、どちらなのでしょうか。
軽井沢の森をイメージしたという外部の列柱は、やや傾きがつけられながら並んでいます。考え方としては軽井沢駅周辺のニューミュージアムに近いものがありますが、こちらは1階建ということもあって木材でつくられているので、より素直な気がします。ぐにゃぐにゃうねっている屋根は周辺の山並みが背景にあるせいか、とても自然な印象を受けました。
軽井沢風越学園
(設計)環境デザイン研究所(完成)2020年3月
風越公園の近くにある幼稚園および義務教育学校からなる施設で、ホームページによれば、幼少中混在校と表現されています。その名の通り、学年毎のエリア分けのようなものはほとんどなく、書架の並んだ空間を中心に一体的な運営がなされているようです。このような計画は理想として構想されることは少なくないものの、実際に計画、運営されている例は多くないので、関係者の方々には頭が下がります。
建物としては、環境デザイン研究所のトップである仙田満氏の十八番である「遊環構造」が浅間山へ向けた「浅間軸」を中心に展開されています。一見すると木に囲まれた空間のように思えますが、実際に木が使われているのは床と家具が中心で、構造である鉄骨を各所に現しでみせています。鉄骨を現した建物は珍しくないですが、色彩をコントロールすることでここまであたたかみのある空間にもできるのだと思わされる空間となっています。
今回取り上げた長野県北佐久郡軽井沢町の建築(中軽井沢駅南編)は以上となります。情報や事実関係に誤り等ありましたら、お手数ですが問い合わせよりご一報頂けますと幸いです。