Momaの愛称で親しまれるニューヨーク近代美術館を始めとして、数多くの美術館や博物館を設計している谷口吉生さん。日本国内でも全国各地で美術館を設計していて、山形県酒田市内に建つ「土門拳記念館」も谷口さんの代表作のひとつ。
昭和を代表する写真家の一人である土門拳さんは建築設計に携わる人の間でも広く知られていますが、元々はこの記念館の建てられた山形県酒田市の出身だそう*1。東京から向かうと最短でも5時間以上はかかるこの美術館、山形へ出かけた際に合わせて見学に訪ねてきました。
*1:出生時は飽海郡酒田町。
穏やかな飯森山公園にぽつんと建つ美術館
JR酒田駅から車で10分ほど、田園に囲まれた中に位置する飯森山公園。酒田市立国体記念体育館や多目的グラウンド等、運動施設が並ぶこの公園の一角に土門拳記念館は建っていました。
館には隣接して湖が広がっていて、公園の中の美術館らしくたくさんの緑に囲まれた立地。美術館らしい緊張感のある場、というよりは、和やかな景観の中に美術作品がぽつんと置かれているような佇まいでした。
ちなみにこの湖は自然にできたものではなく、館の建設と同時期に整備された人工池だそう。土門拳さんの名前を冠して、「拳湖」と名付けられているようです。
豊田市美術館や法隆寺宝物館など、谷口さんが設計する美術館ではしばしば水景が登場しますが、土門拳記念館の水景はそれらの中でも一際自然に近しい設えであるように感じました。
幾何学を組み合わせたのびやかな佇まい
美術館へのメインアプローチから訪ねてまず目に入るのが、湖に対峙するように伸びる花崗岩の壁と、そこから飛び出た直方体。ゆとりのある敷地を活かして大部分が1階建で建てられたプロポーションを活かし、伸びやかな佇まいで建っていました。
自然に生まれたかのような湖の設えとは対照的に、美術館は徹底した幾何学で構成された人工物らしい建築。花崗岩やコンクリートといった低彩度かつ平坦な外装材で仕上げられていることも、抽象性の高いその特徴を高めているように感じられました。
美術館の主出入口へは、湖に面する壁面の背後に回り込むようにしてアプローチ。美術館の正面はあくまでも湖側で、美術館を訪ねた人はその脇からひっそりと入っていくような設えになっていることがおもしろく感じました。
谷口さんの設計する建築では、メインアプローチの先に壁を建て、その脇が出入口になっている設えをよく目にしますが、この美術館はそれを大きなスケールで実現した例といえるのかもしれません。
拳湖とつながる滝とランドスケープ
美術館の建屋が直方体を中心とするシンプルな幾何学で構成されている一方、外構にはいくつもの高低差がつけられていて、視点の高さに変化のあるランドスケープを構成。建屋に囲まれた中庭部分には湖に向けて段々と下る水盤が設けられていて、緑に囲まれた静かな空間に滝の音が動きを生んでいました。
この土地は元々飯盛山の裾野で、美術館はそれを切り欠くようにして建設。南側は飯盛山の起伏に合わせて大きく盛り上がっていて、美術館はそこに半分埋もれるようにして建っています。
飯盛山の山なりに合わせるかのように起伏に富んだランドスケープの設えは、その土地の空気感をどこかで継承しようとするもののように感じられました。
階段状の水盤、その中にぽつんと置かれた彫刻は、彫刻家であるイサム・ノグチ氏の作品。作品名に「土門さん」と名付けられていることからも、この美術館のためにつくられた作品なのかもしれません。
すぐ脇には竹が青々と茂った庭が設けられていますが、すぐ隣に設置されたベンチも同氏の作品だそう。彼の作品は丹下健三さんや磯崎新さんの設計した建築でもよく目にしますが、この時代の建築との親和性を改めて感じました。
滝を下った先、大壁面には大きく開いた大開口が空けられ、湖と美術館の中庭をひとつながりにする設え。水盤こそないものの、たくさんの緑とダイナミックな門型からは、谷口さんの初期作である金沢市立図書館を思い出しました。
自然豊かな土地の風景や趣を門型によって建物内に引き入れようとする点では、両作品には通ずるものがあるかもしれません。
地中に埋もれた静寂な展示空間
慎ましく設けられたエントランスから館内に入ると、目に入るのは館名を記した銘板とごつごつとした壁。内部仕上げは凹凸のあるコンクリート洗い出しで仕上げられていて、幾何学を強調する平坦な外壁とは対照的な質感で仕上げられていました。
明朝体と金属の質感が印象的な銘板は、日本における最初期のグラフィックデザイナーとして知られている亀倉雄策さんの手によるものだそう。彼もまた土門拳さんと親交のあった美術家の一人のようです。
奥へ進んだ先にある展示室は、1mほど掘り下げられた半地下空間。廊下と展示室とで利用者同士の視線が交錯しないように計画され、落ち着いて作品がみられる展示空間に。
展示室中央には、ソファが置かれたゆったりとした休憩スペースも。
展示室には一切の窓が設けられておらず、半分地中に埋まった美術館ならではの展示空間。展示物が土門拳さんの写真作品が大半であることもあって、写真の保存上の観点からも、自然光を入れるのを避けて計画されたそうです。*2
土門拳さんの作品は光の陰影が印象的で、厳かな印象を受けることが個人的に多くありますが、外界とのつながりが断たれた静寂な空間からは、どこかでそれと通ずる厳粛さを感じました。
*2:『JA21』(新建築社、1996.3)に掲載されている土門拳記念館の解説文より。
湖にまた、開く
展示室から外に出ると一転、中庭に向けてリズミカルに窓が開けられた展示ギャラリー。奥に進むに連れて徐々に窓が大きくなっていき、湖に対して開放的なメモリアルホールへと到達するシークエンスがつくられていました。
先に外観で登場した湖に対峙する長大な壁面、そこから突き出た直方体がこの室。谷口さんの設計した建築では、東山魁夷館等でも展示室を経由した先に開放的な空間が登場しますが、土門拳記念館ではその空間が外観上のアクセントとしても機能していました。
開放的な湖のほとりから静かな土の中に潜っていって作品を鑑賞し、その後明るい場へまた徐々に出てくると、湖の風景が少し違ったかたちで感じられる。この建築を一度体験した後だと、そうしたストーリーが外観の上でも空間体験の上でも表現されているように感じられました。
ー
土門拳美術館では、過去に体験してきた谷口吉生さん設計の建築と通ずる部分が、ところどころで感じられたのが印象的でした。ただ、同じ手法が繰り返されている印象はなく、一方では飯森山という敷地とこの用途だからこそ生まれたようにも感じられる建築。
作品ごとに違った方法がとられていながらも、空間に対する一貫した哲学のようなものをどこかで感じることができる。谷口さんが数多くの美術館を設計してきている理由が少しわかったような気がした体験でした。
土門拳記念館
[竣工]1983年
[設計]谷口建築設計研究所
[用途]美術館
[住所]山形県酒田市飯森山2-13
[HP]http://www.domonken-kinenkan.jp/