東京|建築

身近なスケールから建築へ|ヘザウィック・スタジオ展:共感する建築

東京都港区で着々と建設工事が進んでいる麻布台ヒルズ。設計者として複数のデザイナーや建築家が名を連ねる中、低層部分の設計を手掛けたのが、イギリスの建築家であるトーマス・ヘザウィック氏。

長期間に渡って行われてきた工事が間もなく竣工を迎えることもあってか、彼率いるヘザウィック・スタジオの展覧会が六本木ヒルズの東京シティビューで開催。元々気になっていた建築家だったこともあって、会場を訪ねてきました。

 

プロダクトから建築へ

プロダクト作品が並ぶ最初の展覧会場

展覧会場へと足を踏み入れると、最初の展示エリアに広がるのは、流線模様の自動車やバスのボディ等の作品群。すぐ隣にはカラフルなコンクリートのピースや3Dプリンタで出力した模型等が並んでいて、建築というよりはプロダクト寄りの作品が並んでいました。

バスのボディや建築のスタディのためつくられた模型群

ヘザウィック氏は学生時代、建築に限定することなく、素材をヒントに様々な分野の作品を制作するコースで学んでいたそう*1。実務を始めてからも建築より先に工業デザインの分野で活躍していたようで、2006年には英国の王室工業デザイナーに最年少で任命されています。

先の模型等は建築を設計する中で制作されたもののようですが、どれもそれ自体が美術作品のようにも見える美しさ。展覧会を後から振り返ると、建築よりもプロダクトの制作からスタートさせたヘザウィック氏のキャリアは、その後の建築設計においても大きく影響を残しているように感じられました。

*1:『a+u 2023年3月号 ヘザウィック・スタジオ』(株式会社エー・アンド・ユー発行,2023)より。

 

ヘザウィック・スタジオによる展示構成

たくさんの垂れ幕が吊り下げられた展覧会場

建築作品が展示されているエリアへと進むと、天井からたくさんの垂れ幕が吊り下げられた光景が。垂れ幕には写真やドローイングがプリントされていて、膨大な数の作品が展示されていることが一目でわかる設えになっていました。

この展覧会では会場構成そのものもヘザウィック・スタジオが手がけたようですが、これらの手法は、暖簾等の日本を想起させるものから発想されたものだそう。

展覧会場からは都心の街並みが見渡せる

東京シティビューは、元々展望台としての機能が優先されていることもあって、展示壁が限られているのがその特徴のひとつ。ある意味では課題があるともいえる会場で、天井からの垂れ幕と模型を並べて展示することで、物量、情報量共に高い密度の展示構成を可能にしていました。

写真と模型がすぐ近くに並べられた膨大な数の作品群

展示動線を垂れ幕でコントロールすると共に、奥が一望できないことで次に何が登場するのかわからない空間。ひとつのプロジェクトの写真と模型とがすぐ近くに並べられることで、展示自体がわかりやすいのはもちろん、1枚の写真に両者を納めやすいレイアウトが取られていたことも印象に残りました。

膨大な数の展示物によって高密度でありながら、窓の外に広がる六本木の街並みが適度な開放感を生んでいて、展望台を兼ねる会場の特徴がうまく活かされた会場構成のように感じました。

 

世界各地のヘザウィック・スタジオ建築

本展覧会ではヨーロッパはもちろん、アメリカから中国、アフリカまで、世界各地でへザウィック氏が設計を手がけた作品を展示。建物の規模や用途も様々で、ヘザウィック氏の幅の広さが伝わってくる展示内容でした。

以下、なかでも特に目を惹いた作品をピックアップします。

 

上海万博英国館|種子とアクリルチューブ

上海万博英国館

2010年に開催された上海万博において、英国館としてつくられたパビリオン。万博に合わせて建設された仮設の建物のため既に取り壊されてしまったものの、展覧会では写真や模型の他、外装を覆っているアクリルチューブのモックアップが展示されていました。

種子の埋め込まれたアクリルチューブ

アクリルチューブの先には様々な植物の種子が埋め込まれ、それらの集合体が空間の表情をつくる繊細な設え。モックアップそれ自体もひとつの美術品のようで、建築の全体像のスケールから人の手に触れるスケールまで、様々な大きさが横断的に考えられていることがよくわかる展示内容でした。

建物内を覗くことができる

会場でも一際目を惹く模型は、ウニのような外形を二分割し、建物内を覗くことができるようにしたもの。上海万博を直接訪れることはできなかった自分でも、この外観から内部空間に入ったときの驚きが感じられる展示でした。

ちなみに英国では、上海万博のパビリオンの設計者を選定する際に全パビリオンの中で上位5位に入ることを求められたよう。実際には、博覧会の最高賞である金賞に選ばれたそうです。

 

リトル・アイランド|プランターが集合した人工地盤

リトル・アイランド

ニューヨーク州の西端、ハドソン川に建つ建築で、桟橋としての役割を担いつつ、その上は野外劇場も備えた公園として整備されています。日本には類似の施設がほとんどないためか、建築家がこのような建造物を手がけること自体が新鮮に映りました。

プランターのようなかたちの構造体が集合した建築

漏斗を思い起こさせるプランター形状の構造体が集合し、その上に緑溢れた人工地盤が整備された構成。構造体自体はコンクリートでできているものの、その下地には元々この敷地に残存していた木杭を活用しているとのことで、単なる形態操作に終始せず、ある種の歴史の継承が行われているのが印象的でした。

展覧会で展示された模型は、そのままプランターにも使えそうなスケール感。先の上海万博英国館でもそうでしたが、小さなものを集合させて建築の全体像をつくる手法は、ヘザウィック氏の建築を特徴づけているひとつのように感じました。

 

グーグル・ベイ・ビュー|BIGとの協働によるGoogle社新社屋

グーグル・ベイ・ビュー

カリフォルニア州に建つGoogle社の新社屋で、規模にして約10万m2を超える巨大な建築。タープのような屋根が連なる姿は、一見ヘザウィック氏による他の作品とは何か違った印象を受けましたが、この建築がビャルケ・インゲルス氏率いるBIGとの共同設計であることに由来しているのかもしれません。

グーグル・ベイビューの模型内観

建築の構成としては、タープのような三次曲面を描く屋根が何枚も折り重なった大屋根の建築。展示されていたのは巨大な建築模型という建築の展覧会としては比較的オーソドックスなものでしたが、屋根の隙間から内部に差し込む自然光まで想像することのできる、詳細までつくりこまれた模型は、とても迫力のあるものでした。

 

ツァイツ・アフリカ現代美術館|楕円体で抉られたサイロ

ツァイツ・アフリカ現代美術館

南アフリカのケープタウンに建つ、元々トウモロコシを貯蔵するサイロとして使われていた建物を大規模改修、美術館として生まれ変わらせた建築。9,500㎡というこの建築の規模は、アフリカでは最大の現代美術館になるそう。

改修に伴って嵌め込まれた、アール・デコを思わせる多面体の窓が印象的。ただそれ以上に迫力があるのが、歪んだ楕円体で既存のサイロを抉ったアトリウム空間で、本展覧会でもこのアトリウム空間を切り取った大きな模型が展示されていました。

楕円体で大きく抉られたアトリウム空間

実際の写真と模型を見比べると、模型やコンピュータグラフィックスの姿がそのまま実現したかのよう。展覧会では既存のサイロからコンクリートを抉り取った荒々しい工事の様子も流れていましたが、実際にはそれとは対照的に、抽象的な空間、美術館らしい場が生まれているように感じました。

 

ベッセル|螺旋状の階段展望台

ベッセル

アメリカ・ニューヨーク州の再開発エリア、ハドソンヤード内に建てられた建築で、階段と踊り場のみで構成されたある種のアトラクションのような施設。

一般にも開放された展望施設として使われているものの、他に機能らしい機能をもたない、半分彫刻のような建築。プロダクトデザイナーとしてのキャリアも合わせ持つ、ヘザウィック氏にふさわしい建築のように感じました。

螺旋状の階段が積み重なったベッセル(左)と紀尾井清堂(右)

機能らしい機能を持たないという点では、内藤廣さんの設計した紀尾井清堂を想起。実際、ベッセルは屋外、紀尾井清堂は屋内という違いはあれど、大きな空間の周囲を階段が取り囲む構成は共通しています。

完成までの様子を撮影した映像と3Dプリンタで出力された模型も展示されていた

本展覧会では、金属の質感まで表現された精密な模型と共に、工事中から建物使用に至るまでの経緯を動画で展示。模型自体はプラモデルのように身近なスケール感でありながら、実際には複雑な鉄骨躯体を組み合わせてつくられていて、実際に訪ねるとどのような存在感で建っているのかが気になる作品でした。

ハドソンヤードの一種のアイコンのように建っているとのことで、実際に訪れてみたいへザウィック建築のひとつです。

 

麻布台ヒルズ|間もなく竣工する日本のヘザウィック建築

麻布台ヒルズ

東京都港区の麻布台で間もなく開業予定の、大型再開発プロジェクト。冒頭に記した通り、ヘザウィック氏はその中で低層部の設計を手掛けていて、本展でもそれらの模型やモックアップ等が展示されていました。

ぐにゃりと垂れ下がったグリッド形状の屋根は、コンピュータでモデリングした形状をそのまま立ち上げたかのよう。シンプルな構成をそのまま巨大化、建築にしてしまう辺りは、ヘザウィック氏らしいデザインのように感じました。

都市計画スケールの模型と外装材サンプル

会場では、実際に使用される予定の外装材のサンプルも合わせて展示。建築そのものは軽やかな存在感で見せながら、建材そのものの重量感を合わせて示す展示構成は、ヘザウィック氏の建築に対する姿勢をそのまま示しているように感じました。

 

ヘザウィック氏によるドローイング群

展覧会全体を通して、ヘザウィック氏の手がける建築では、プロダクトデザインのような身近なものを起点に考えられたことが、そのまま建築のスケールまで応用されているように感じました。

建築のプロジェクトというと、他分野の方々には自分とは関係のないものとして捉えられがち。ただ、本展覧会は土日の観覧チケットが完売するほど大盛況で、建築以外の分野の方々にも広くみられた展覧会だったようです。

建築というやや複雑な分野を取り扱いながら、へザウィック氏の建築が多くの人に共感を生んでいるとすれば、身近なものから発想する彼の建築に対する姿勢にそのヒントがあるのかもしれません。

ヘザウィック・スタジオ展:共感する建築
[会期]2023年03月17日〜06月04日
[会場]東京シティビュー(六本木ヒルズ森タワー52階)