世界で活躍する建築家、坂茂さんの設計で2017年に完成した静岡県富士山世界遺産センター。その名の通り、日本一の高さを誇る富士山を主題に掲げた施設で、富士山に関する調査研究や歴史を展示する博物館です。
同名の施設は山梨県にもありますが、この施設は坂さんが設計を手掛けるということで各種メディアでも取り上げられていた作品。すぐ傍に建つ浅間大社と合わせて訪ねてきました。
富士山を祀る浅間大社とその参道に建つ博物館
静岡県のほぼ中央、山梨県に隣接して位置する富士宮市。市内にある富士宮駅から歩いて10分程度の土地に、この静岡県富士山世界遺産センターは建っています。
すぐ近くには全国の浅間神社の総本社、本殿が国指定重要文化財にもなっている浅間大社が立地。浅間神社はそもそも富士山の噴火を鎮めるために富士山を神として祀ったものであることを考えると、浅間大社の近くということでこの土地が敷地に選ばれたのかもしれません。
富士山は2013年、「富士山ー信仰の対象と芸術の源泉」としてユネスコ世界遺産委員会による世界文化遺産に登録されたよう。この施設の設計者を選ぶためのプロポーザルが2013年から2014年にかけて実施されたことからも、世界文化遺産への登録を受け、急ピッチでこの施設の企画が動いたのだろうと想像されます。
道路に面して大鳥居が建ち、その左奥に富士山世界遺産センターが建つ位置関係。この鳥居が一の鳥居と名付けられていることからも、この建築が浅間大社の場所を知らせるランドマーク、目印のような役割を担っているのかもしれません。
富士山の名を冠した施設ならではの建築
富士山世界遺産センターの前面に広がるのは、「逆さ富士」と呼ばれる建物の姿を反転して映し出し、幻想的な光景をつくりだしている水盤。シンボリックな建物の手前に穏やかな水面が広がる光景は、平等院鳳凰堂のような、どこか別世界に来たかのような空気感を生んでいました。
水盤や外構が全て同じ黒色の花崗岩で覆われていることで、周囲の場が一体的に感じられると共に、そこに建つ建物がアクセントとしてより際立つ設え。ランドスケープの設計はオンサイト計画設計事務所が手がけているようですが、曰く、この花崗岩の色は水盤の水鏡としての効果をより高めるためにチャコールブラックという黒色の石材が選択されたそうです*1。
*1:『新建築 2018年1月号』(株式会社新建築社発行,2018)より。
水盤とその手前のアプローチ空間のレベル差も一体的に感じられる寸法が検討されたそうで、水盤40mm、レベル差100mmという極薄の寸法で納められているよう。この水盤の水には、富士山系から湧き出る水も再利用されているそうですが、湧水を建物内の空調設備の熱源やトイレ洗浄、散水で使った後、余剰分を湧水として活用しているようです*2。
*2:『新建築 2018年1月号』(株式会社新建築社発行,2018)より。
富士山に関する施設ということで、一見してわかりやすい「逆さ富士」形状にばかり目が行きがち。こうした目に見えない部分にも、その名にふさわしい工夫が組み込まれているあたりには、この建築の完成度の高さを改めて実感させられました。
逆さ富士を覆う富士ヒノキの格子
「逆さ富士」を覆っているのは、もはや坂さんの十八番ともいえる木の格子。木材としては「富士ヒノキ」というこの施設ならではの材が使われているようですが、形状としても他の坂さんの建築と比べると彫りが深く、強い陰影を生んでいるのが印象的でした。
「逆さ富士」は高さ14mに対して底部で直径10m、上部で長径46m短手29.2mという巨大かつやや複雑な曲面形状。上部が楕円であることでそれを覆う木の格子は必然的に三次曲面になりますが、富士ヒノキの角材を小さな単位で削り出し、相じゃくりで組み合わせることによって、長い木材で3次曲面を覆っているかのような表現を実現したようです*3。
小さな角材ひとつひとつも三次元加工機で削り出されていて、表側には若干の膨らみがつくられているそう。
*3:『GA JAPAN 182 特集:100 details』(エーディーエー・エディタ・トーキョー発行,2023)より。
外観に木材を使用するためには将来的な部材交換を含め多くのハードルを越えなければなりませんが、先の通り小さく分割したディテールであれば交換も容易でしょうし、また設計時から木材のエイジングが狙われているようなので、将来的にどのような姿になっていくのか楽しみです。
明るく水の揺らぎを感じるエントランスホールやカフェ
建物正面から北にずれた位置、ひっそりと設けられたエントランスから館内に入った先は、三層吹き抜けの巨大なエントランスホール。ガラスを挟んで屋外から連続する、木格子の迫力を間近に体験できる空間になっていました。
「逆さ富士」の足元にはゆるやかに弧を描くスロープが設けられていて、そこから内側に設けられた展示エリアへと入る動線計画。「逆さ富士」を挟んだ反対側にはショップやカフェスペースが設けられていますが、それらの什器もゆるやかに弧を描いた形状でつくられていたのが印象的でした。
エントランスホールもそうですが、ショップやカフェスペースは一面ガラスのカーテンウォールで覆われた自然光だけでも明るい空間。屋外には建物際まで水盤が伸びていて、その揺らぎが間近で感じられることで、大空間ながらも適度な落ち着きが生まれているように感じました。
山を登るように巡る展示室と富士山への眺望
先のスロープから「逆さ富士」内側に入ると、明るいエントランスホールから一転、映像を中心とした展示が展開する薄暗い展示空間に。上へと登っていくスロープに沿って展示が展開していく手法は、展示を巡りながら知識を積み重ねる行為を一種の山登りに例えた構成なのかもしれません。
斜めに伸びる壁面に展示が投影される光景は、他の施設ではあまり見たことがない体験。吹抜けから見下ろすことで、それらが連続的に感じられるのもこのような空間ならではの展示体験のように感じました。
ちなみに展示コーナーの設計は丹青社が手がけているようです。
薄暗い展示室から最上階まで登ると、富士山側に向けて大きく開いた展望ホールに到達。訪ねたときにはあいにくの曇りで、富士山の姿を目にすることはできなかったものの、薄暗い空間から明るく開放的な空間に到達したときのシークエンスは、それだけで強く印象に残る体験になりました。
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案内をしてくださった方曰く、晴れた日の展望ホールでは、富士山の存在をすぐ間近に感じることができるそう。東京から富士山を訪ねるのはなかなか難しいかもしれませんが、この施設であれば東京駅から2時間ほどで行き来できることもあり、海外から日本を訪れた観光客にも好まれそうな施設のように感じました。
静岡県富士山世界遺産センター
[竣工]2017年
[設計]坂茂建築設計(建築)、Arup(構造・設備)、オンサイト計画設計事務所(ランドスケープ)
[用途]博物館
[住所]静岡県富士宮市宮町5-12
[HP]https://mtfuji-whc.jp/
[参考図書等] *Amazon商品ページにジャンプします
・『坂茂 木の建築』(ローラ・ブリトン,ヴィットリオ・ロヴァート(編),グラフィック社(発行),2023)
・『新建築2018年1月号』(新建築社(発行),2017)
・『GA JAPAN 182』(エーディーエー・エディタ・トーキョー((発行),2023)