香川|建築

東山魁夷せとうち美術館|瀬戸内海に面する海と緑の美術館

香川県の最北端、瀬戸大橋のすぐそばに建つ東山魁夷せとうち美術館。国内外で数々の美術館を手掛けた谷口吉生さんの設計で、1,000m2にも満たない小さな美術館です。

日本を代表する建築家の設計、かつ同じく日本を代表する画家の一人である東山魁夷さんの美術館ということもあって、まだ緑の残る秋口に訪ねてきました。

東山魁夷作品を思い起こす緑のアプローチ

美術館へと向かうアプローチ。青々と茂った緑に囲まれている

香川県坂出市、瀬戸内海に突き出た沙弥島に位置する東山魁夷せとうち美術館。広々とした瀬戸大橋記念公園のすぐ傍で、青々と茂った緑に囲まれて建っていました。

美術館へと向かうアプローチからは、東山作品で描かれる緑の風景を想起。設計者である谷口吉生さんご自身も同様だったようで、竣工してからこの美術館を訪ねたときに東山さんの代表作「道」(1950)に似ていることに気がついたそうです。*1

*1:「私の履歴書-谷口吉生」(淡交社発行,2019)より。

左:美術館外観/右:東山魁夷「道」(1950)。2018年に開催された「生誕110年 東山魁夷展」図録より

なぜこの土地に美術館が建てられたのかといえば、元々は東山さんの祖父がここ坂出市出身なのだそう。東山さんが亡くなった後、ご遺族より坂出市に作品の寄贈があった経緯からこの坂出市に美術館が建てられることになったようです。

美術館の周辺環境。瀬戸大橋記念公園の一角に建っている

最寄駅である坂出駅からはバス等を乗り継いで約30分と、アクセス的にはやや苦労する立地。ただ、瀬戸大橋記念公園の一角に建てられたことで広々としていて、東山作品が飾られる場としてはしっくりくる土地のように感じました。

天然スレートの大壁面と土地に合わせた材料選定 

東山魁夷せとうち美術館外観

この美術館を訪ねて最初に目に入るのが、青みがかった緑色の石材に覆われた大壁面。先の緑の風景に加え、この石材の色からも東山作品が思い出されます。

大壁面に隣接する直方体は、コンクリート化粧打放しによる素朴な仕上げ。このミニマルな表情との対比によって、青緑の色彩がより際立って感じられました。

美術館の大壁面を覆うバーモントグリーンのスレート板

ちなみにこの石は、バーモントグリーンという色彩のアメリカ産スレートなのだそう。谷口さんの設計した豊田市美術館でも、同様の石材が使われています。

天然スレートは美術館以外の用途ではなかなか目にすることがないので、一面がこの材に覆われていることでさりげない高級感が生まれているように感じました。

美術館外観のディテール。アルミやステンレス等、塩害に強い材が採用されている

海沿いの建築ということもあって、細部の金属にはステンレスやアルミをはじめとする塩害に強い材料を使用。屋根にもアスファルト防水に加えてステンレス防水が施され、二重防水になっていたりと、この土地の条件下で美術作品を守るための仕様が随所から感じられます。

大きなガラスによってほとんど目立たないがサッシにもステンレスが採用されているよう

谷口さんの建築では、材が太くなりがちなアルミサッシではなくスチールサッシが多用されている印象がありますが、この建築ではステンレスサッシを採用。このことも建物をより洗練して見せているように感じました。

変化のあるスケールから生まれる豊かなシークエンス

エントランスホール。天井高2.4mの落ち着きある空間

エントランスホールに入ると印象的なのが、その天井高の低さ。大壁面のダイナミックさとは対照的に、天井高2.4mの住宅に近しいスケールで設計されています。

美術館内観。水平に広がる緑のパノラマが強く印象に残った

天井高が低く抑えられていることで、窓の外に広がる緑のパノラマがより強く感じられる空間。谷口さんの建築でよく見かける木練付仕上げの間仕切りは実はロッカーで、空間のノイズになりかねない要素は徹底して隠されていました。

展示室を抜けた先の吹き抜け。天井高の変化により空間がダイナミックに感じられる

天井高が抑えられたエントランスを越えると、展示室は天井高6.5mの再びダイナミックな空間。その後も空間を進むにつれて天井高が移り変わっていき、谷口建築らしいメリハリのあるシークエンスを体感することができました。

展示室の先、櫃石島を望むカフェラウンジ 

瀬戸内海がひろがるカフェラウンジ。一連のシークエンスの先で唐突に屋外への眺望が開き、劇的に感じられる

展示室を抜けた先、喫茶店の一部でもあるラウンジの窓の外に広がるのは、一面の瀬戸内海。公園側のアプローチからは海への眺望が遮られていたこともあって、青々とした海がより劇的に感じられました。

ラウンジの床が動線から一段低い位置にあることで、海への眺望を遮らないよう設計されていた

展示動線とラウンジの間は腰の高さ程の壁で仕切ると共に、ラウンジの床を一段下げることでより落ち着きある空間に。喫茶店のテーブルやイスが視線の高さよりも下に隠されていることで、海への眺望を遮らないよう設計されていました。

ラウンジ側の美術館外観

窓ガラスの透明度も高く、まるで屋外にいるかのような開放感。ガラスの厚みは15mmあるそうですが、厚くしても透明度の高さが維持できる高透過の強化ガラスを用いることで、空間の透明性をより高めているようです。

左:ラウンジ傍のキャプションには櫃石島のエピソードが綴られていた/右:櫃石島に向けた眺望

ちなみに海を挟んで向かい側に見えるのは、東山さんの祖父の出身地である櫃石島なのだそう。東山作品を巡る展示動線の最後に美術館のルーツとなる風景を持ってくるあたりは、シークエンスによってストーリーを生む谷口建築ならではの体験のように感じました。

東山魁夷せとうち美術館と瀬戸内海

東山魁夷さんの作品を所蔵する美術館としては、長野県立美術館の分館として東山魁夷館も建てられています。東山魁夷館は1990年の竣工で、東山さんご本人が作品を寄贈、設立されたようです。東山魁夷せとうち美術館よりも大きいとはいえ、谷口さん設計の美術館としてはコンパクトな部類。両者を比べてみることで谷口さんの思想がより窺い知れる体験でした。

香川県立東山魁夷せとうち美術館
[開業]2004年 
[設計]谷口建築設計研究所
[用途]美術館
[住所]香川県坂出市沙弥島字南通224-1
[HP]https://www.pref.kagawa.lg.jp/higasiyamakaii/higashiyama/