東京|建築

岡本太郎記念館|現代美術家の自邸とアトリエが美術館に

都内一等地である南青山で、たくさんの緑に囲まれて建っている岡本太郎記念館。元々日本を代表する現代美術家、岡本太郎さんの自邸兼アトリエとして使われていた建物が、改修と増築を経て現在は美術館として活用されています。

当初の建物の設計を日本の近代建築を牽引した一人、坂倉準三さんが手がけていることもあって、これまでも度々訪れていた美術館。好きな作家さんの展覧会が開催されていると知って改めて訪問してきました。

ジャングルに並ぶ作品群とそれを囲む美術館

岡本太郎記念館の外観。目を思わせる形状の屋根とレリーフ、青々と茂った植栽が目をひく

岡本太郎記念館を訪ねてまず目に入るのは、目を思わせる独特な形状の屋根とその下のレリーフ、そして青々と茂った植栽達。周辺の土地に植えられているものとは明らかに異質な植物で覆われ、一目でそれとわかる風景を生んでいました。

岡本太郎記念館の庭。岡本太郎さんの彫刻作品が並ぶ

敷地内に一歩足を踏み入れると、芭蕉やシダといった植物と共に、岡本太郎さんの彫刻作品が点在。背の高い植物とその足元に何かの生物を思わせる作品群が並んだ姿は、さながらどこか別世界のジャングルのよう。

その庭を取り囲むようにL型に配置された建物は、両辺どちらも庭に向けて大きな窓が設けられていて、建物よりも庭が主役であるかのような構成がとられていたのが印象的でした。

 

坂倉準三設計による岡本太郎邸

岡本太郎記念館の庭の奥からみる。右手が坂倉準三さん設計による部分で、岡本太郎さんの自邸兼アトリエとして設計された。奥にみえるのが後年に増築された部分でカフェや展示室の機能が設けられている

L形に配置された建物の内、向かって右側が元々岡本太郎さんの自邸兼アトリエとして使われていた部分のよう。この部分の設計を坂倉準三さんが手がけていて、建物自体は1954年に竣工しています。

左:2階からは岡本太郎さんの代表先である太陽の塔が見下ろしている。手摺が装飾的/右:凸状レンズが2つ並んだような形状の屋根

建物の大きさこそ2階建のコンパクトなものではあるものの、手摺が花形ブロックのような装飾的なものであったり、屋根が凸型レンズが2つ並んだような形をしていたりと、一般的な住宅ではあまり見かけることのない意匠。この独特な形状の屋根には応力外皮構造と呼ばれる構造が採用されていて、二つの円弧の間にはしごのように木材を配置することで、木造ながらも3.5間のスパンを無柱で渡しているようです。

 

当初意匠を尊重し設計された展示室

岡本太郎記念館のエントランスアプローチ。右手が当初つくられた部分、左手が増築部分。

一方、向かって左手の部分は、岡本太郎さんが逝去された後、アトリエを一般公開するために1998年に増築されたもの。増築の前にも作品を保管する倉庫が建てられていたようですが、記念館としての再整備に際してこれを解体、新たな建物として増築がなされたようです。なお、設計を手がけたのは太田裕建築設計事務所。

改修前から改修後への変化。自邸兼アトリエ部分はほとんどそのまま残されている(『建築設計資料69現代建築の改修・刷新』(1999、建築思潮研究所(編)を参考に作成)

冒頭に登場した屋根形状からも見てとれるように、坂倉さんの設計した部分と異なるものをつくるのではなく、当初の意匠を尊重した設計がなされているのが印象的。庭に開いた構成、凸型レンズのような形の屋根と似た様子も多数見られ、一見同じ設計者によるものと見紛うほど建物全体の調和がとれているように感じました。

当初建物の断面図(設計図)(『建築家 坂倉準三展 モダニズムに住む|住宅、家具、デザイン』より)

なお、増築の際には坂倉さんの設計した部分にも改修が加えられているよう。ただ、内部こそ公開に合わせて若干の変更が加えられているものの、外観についてはほぼ当初に近いかたちが残されているようです。

 

吹抜けから立体的につながる展示スペース

2階展示スペースからエントランスホールをみる。階下にみえるのが受付兼ミュージアムショップ

増築部分に設けられた出入口から建物内に入ると、エントランスホールでは吹抜けを介して1階と2階がひとつながりの空間に。エントランスホールのすぐ脇は受付兼ミュージアムショップになっていて、2階の展示エリアと1階のアトリエ部分をつなぐ結節点になっています。

吹抜けから上を見上げると、展覧会の様子が垣間見える立体的な空間構成。

2階展示スペース

ミュージアムショップ脇の階段から2階へ上がると、そのまま展示エリアに直結。天井には円弧を描く屋根とそれを支える鉄骨梁が剥き出しで現され、いわゆるホワイトキューブとは違った展示空間がつくられているのが印象的でした。

2階展示スペース。鉄骨梁の間に空調ダクトを通すことで広々とした空間に

鉄骨梁の間にはそれを縫うように空調ダクトが通され、空間を有効活用した合理的な計画。建物の高さ自体は住宅よりも少し大きいくらいですが、ほぼ天井懐のない計画とすることで、広々とした軽やかな空間がつくられていました。

吹抜け上部に設けられた鉄骨のブリッジを渡ると、これまでの開放的な展示エリアとはまた違った落ち着きのある展示室に接続。

左:展示室へと渡るブリッジから階下をみる/右:鉄骨梁の間を通された空調ダクト

ブリッジを渡った先の展示室。昼間には窓から庭の様子を眺めることができる。

ある程度の規模の美術館となると建築基準法の規定により防火区画が必要になり、そのためのシャッターや防火扉が空間を重たく見せてしまいがち。ここでは建物の規模が適度に抑えられていることで、質の異なる展示空間が軽やかかつひとつながりに連続して感じられたのが印象的でした。

 

近代建築らしい荒々しさを残したサロンとアトリエ

自邸兼アトリエ部分にあるサロン(応接間)。岡本太郎さんの作品が所狭しと並ぶ

増築部分の展示室で行われている企画展とは別に、当初の建屋部分では、かつて岡本太郎さんが製作を行っていたアトリエ等の見学が可能。エントランスホールの隣にある応接間では所狭しと岡本太郎さんの作品が並べられ、大きな窓からは冒頭の庭の様子も眺めることができます。

岡本太郎さんが制作を行っていたアトリエ。二層吹抜けを使って設けられた巨大なキャンパス棚やコンクリートブロック等の荒々しい空間が印象的

さらに奥には、高い天井高と巨大なキャンバス棚が印象的なアトリエ。凸型レンズの形状がそのまま現れた懸垂状の天井や、現在の建築ではほとんど使われることのないコンクリートブロック等が残され、近代建築特有の荒々しい空間を体験することができます。

これらの室は改修時にもほとんど手が入れられていないそうで、岡本太郎さんの作品はもちろん、坂倉さんの建築を知る上でも貴重な体験であるように感じました。

 

岡本太郎記念館では、岡本太郎さんの作品を中心に据えた企画展の他、毎年行われる岡本太郎現代芸術賞の受賞作家など、現代美術家を取り上げた展覧会も定期的に開催されています。

表参道駅から徒歩5分程度とアクセスがよく、カフェが併設されている割には適度な人入りで落ち着いて展示が見られる美術館。もう少し人に知られてもいいのではと思いつつ、それもまたこの美術館のいいところのような気がしています。

岡本太郎記念館(当初:ok邸)
[所在地]東京都港区南青山6-1-19
[主要用途]美術館(現在)
[設計]坂倉準三(坂倉建築研究所)(当初)、太田裕建築設計事務所(建築)(改修・増築)
[施工]彌生建設工業(株)、黒沢建設工業(改修・増築、当初は不明)
[完成]1954年(当初竣工)、1998年(改修・増築)

弓指寛治“饗宴”
[会期]2022年11月23日〜2023年3月21日
[会場]岡本太郎記念館