静岡|建築

静岡市歴史博物館|駿府城公園の向かいに建つ白く柔らかな箱

新静岡駅から徒歩約5分、駿府城公園のすぐ近くに建つ静岡市歴史博物館。世界各地で建築の設計を手掛けているSANAAの設計で、2023年にグランドオープンした博物館です。

SANAAの設計した国内のミュージアムとしては2004年に竣工した金沢21世紀美術館以来ということで、プロポーザルのときから気になっていた建築。オープンした2023年の秋、訪ねてきました。

エキスパンドメタルによる柔らかな輪郭

城代橋手前からみた外観。遠方からも一目でわかる外観

新静岡駅の二つ隣の街区、静岡駅から歩いても20分ほどの土地に位置する静岡市歴史博物館。駅から向かうと城代橋を渡った先、駿府城公園の手前に建っています。

静岡市歴史博物館の外観。道路を挟んで向かい側には静岡市立城内中学校が建つ

道路に面する広場のような遊歩道、広々とした土地に建っていて、遠目でも一目でそれとわかる外観。向かいが中学校のグラウンドであることも手伝って、低く抑えられた屋根から突き出た直方体がランドマークのように目立っていました。

北からの外観。エキスパンドが透けて建物の外形が柔らかな印象に

南東からの外観。手前の小さな直方体は室外機置場と思われる

直方体の表面はエキスパンドメタルで覆われていて、外壁の外側にもう1枚皮を纏ったような入れ子状の設え。エキスパンドメタルの縁の奥に風景が透けてみえることで、輪郭がぼかされどこか柔らかな表情を生んでいます。

北からの外観とエキスパンドメタルの拡大

設計者であるSANAAは妹島和世さんと西沢立衛のお二人によるユニットですが、エキスパンドメタルで覆う設えは妹島さんが過去に手がけた幾つかの作品を想起。過去作と比べてみてみると、建屋が直方体であることで、エキスパンドメタルによって輪郭が柔らかくなる効果がより際立って感じられるように思いました。

東京都小平市に建つなかまちテラス。妹島さんの設計した建築では過去にもエキスパンドメタルが多用されている

和を想起させる繊細な小庇と木製サッシ

静岡市歴史博物館の北側にはお堀を挟んで駿府城公園が位置している

駿府城公園に隣接していることを先に書きましたが、公園の周囲はもちろん、周辺の街並みのところどころにも和を思わせる設えが登場。この博物館でそれがどこまで意識されたかは定かではありませんが、低層部には同じく和を想起させる要素が見られたのが印象的でした。

低層部外観。薄い庇と木サッシが印象的

南からの外観。全面木サッシとガラスで開放的

例えば、ガラス張りの低層部の上に庇のように突き出した屋根。ものすごく薄くつくられているせいか、日本家屋のスケールに近しく感じられました。

低層部外観

1階廊下。屋外に向けて開放的な空間が広がる

屋根下の建具はアルミやスチールではなく木でつくられていて、こちらも公共施設というよりは日本家屋を思わせる設え。低層部がほぼ全面的にガラスで、表からは壁らしい壁が見当たらないこともそれとの類似性を感じさせるのかもしれません。

戦国時代の遺構を覆う伸びやかな大屋根

南側出入口入ってすぐに位置する遺構

館内に一歩足を踏み入れると、目の前に広がるのは床にぽっかりと空いた荒々しい土のプール。戦国時代末期につくられた道と石垣の遺構だそうで、発掘されたものを現場そのままに展示しているようです*1

*1:静岡市歴史博物館ホームページより(URL:https://scmh.jp/basic_exhibition.html

戦国時代末期につくられたとされる遺構は工事が始まってから発見されたものなのだそう

聞いたところによるとこの遺構、工事が始まってから初めて発見されたものだそう。発見された後にこの遺構を残すことが決定、それに合わせて設計の見直しがなされたようです*2

*2:静岡県建設業協会のホームページに初代館長を務められた中村羊一郎さんのインタビューが掲載されており、その中で詳しく語られれている(URL:https://sizkk-net.or.jp/magazine/288/zoomup/

遺構の長さは30m以上に及び、他ではあまり見たことがないとても巨大なもの。設計の見直しもそう簡単ではなかったでしょうが、実際に見てみるととても自然なかたちで屋根がかかっていて、当初から想定されていたかのようにみえました。

1階内間。白く塗られた鉄骨梁と木ルーバー

遺構の周囲は緩やかなスロープで囲まれており空間の伸びやかさをより強調して見せている

屋根を支持する梁せいが木のルーバーで小さく見えていることもあって、とても軽やかな印象。天井を木ルーバーで覆う手法はSANAA設計の『荘銀タクト鶴岡』(2017)等でも見られますが、こちらは白く塗られた鉄骨梁が現されることで、伸びやかさがより強調されて感じられました。

2階に設けられた展示室までのスロープが、遺構の周りにぐるりと設けられていることも博物館の移動空間を豊かにしているように感じました。

山形県鶴岡市に建つ荘銀タクト鶴岡。屋根の形状や形式こそ違えど木ルーバーで覆われている点で共通する

駿府城公園へと開いた自由曲線の展望ブリッジ

左:遺構を取り囲むスロープ/右:スロープから遺構を見下ろす

遺構を囲むスロープを上った先、2階に設けられているのは、常設の展示室。展示室自体はシンプルな設えですが、天井を木のルーバーで覆うことで、エントランスホールからの連続性が感じられる設えで仕上げられていました。

1階ギャラリー。展示計画は乃村工藝社が手がけているよう

2階に限りませんが、各階の展示設計はSANAAではなく、乃村工藝社が手がけているよう*3。2階に加えて3階にも展示室が置かれていて、訪ねたときは企画展が開催されていました。

*3:乃村工藝社ホームページより。同ホームページには展示室の内観も掲載されている(URL:https://www.nomurakougei.co.jp/achievements/page/shizuoka-city-museum-of-history/

各階の展示を巡る空間の中で強く印象に残ったのが、2階から3階への経路に登場する展望ブリッジ。窓のない屋内空間を移動する途中で突如として屋外への視界が開け、周辺の風景が一望できる場になっています。

展望ブリッジから周囲を見渡す。左に見えるのは駿府城公園

天井から足元までが全てガラスで、向かいの駿府城公園がとても近くに感じられる眺望を体験可。ガラスがすべて曲面ガラスで構成されていることもあって、パノラマ状に切り取られた風景がシームレスに連続して感じられました。

展望ブリッジ外観。自由曲線で描かれた形状が建物のアクセントに

なお、この展望ブリッジはシンプルな直方体から突き出るように設けられていて、外観上もこの博物館を特徴づけるアクセントとして機能。外形が自由曲線で描かれ、単純な曲線になっていない辺りも、とてもSANAAらしいデザインだと感じました。

この静岡市歴史博物館、工事中の行政手続きのトラブルのせいかメディアでの発表はあまりなされていないよう。ただ、東京からであればそれほど遠くない静岡に建っていることもあって、SANAAの設計した建築の中では比較的体験しやすい部類に入りそうです。

左:静岡市歴史博物館のカフェ/右:学習支援・市民活動スペース

他に比べるとやや控えめなデザインで、金沢21世紀美術館ほどの衝撃はないものの、随所からSANAAらしさを感じられる建築。遺構を覆う大屋根や展望ブリッジなどこの土地ならではの要素も多々あり、見どころの多い建築のように感じました。

静岡市歴史博物館
[竣工]2022年
[設計]SANAA(妹島和世+西沢立衛)(建築)
[用途]博物館
[住所]静岡県静岡市葵区追手町4-16
[HP]https://scmh.jp