都内とは思えないほどゆったりとした土地に建つ、世田谷美術館。桜の名所として有名な世田谷区の砧公園内に位置していて、美術館特有の近寄りがたさのない、気軽に訪れやすい建築。
設計を手掛けたのは大分市美術館や高岡市美術館など、他にも多くの美術館を残している内井昭蔵さん。学生時代に訪ねたきりでしばらく足を運んでいなかったこともあり、新緑の季節に訪ねてきました。
のどかな砧公園内に建つ、地域に根ざした美術館
都内でも有数の規模を誇る大公園、砧公園。サッカー場や野球場といった運動施設がところどころに設けられている公園の一角にこの世田谷美術館も建っています。
美術館の前面には、建物に取り囲まれるようにコンクリート舗装の広場。美術館のメインエントランスに面するこの広場では、訪ねたときは日曜市のようなイベントが開催されていて、多くの人で賑わっていました。
世田谷美術館では、このエントランス広場や館内の一部を使用して、定期的にフリーマーケットを開催しているそう。桜が楽しめる季節にはこれにワークショップ等を加えたイベント「さくら祭り」を開催しているようで、単なる美術館を超えた公共施設らしい地域との結びつきを感じました。
広場を囲む美術館の建物は低層に抑えられ、かつ小さく分割し分散配置された計画。あたたかみのあるアイボリー色の外壁に赤やグリーンの屋根という配色もあるのか、美術館然とした緊張感は薄く、地方の小学校のようなのどかな空気を感じました。
美術館に囲まれた落ち着きある地階のパティオ
エントランス広場のすぐ奥には、地階へ下る屋外階段と、美術館の建屋をつなぐ屋内ブリッジ。降りた先には建物に囲まれたパティオ=中庭が設けられていて、屋内外が立体的に交差する空間構成がとられています。
階段脇に整備された滝や水盤は、美術家の関根伸夫さんの作品「水膨れの滝」だそう。美術館の外構に彫刻家による立体作品が置かれることは多々ありますが、水盤という公園でもよく見られる要素を素材にしたこの作品は、世田谷美術館の場が有する空気とも自然と馴染んで見えました。
美術館における水盤を活用した作品という関連では、長野県立美術館にある中谷芙二子さんの「霧の彫刻」を想起。世田谷美術館が1985年竣工であるのに対し、長野県立美術館は2021年。作家の作風の違いももちろんあるかと思いますが、この30年間での美術館のあり方の変化の一端も感じました。
地階に設けられているとはいえ、このパティオは大きく空に開いた開放的な空間。美術館の中庭というと閑散としたものも多く見られますが、ここでは屋内外を跨いでカフェも設けられ、公園を訪ねた人が気軽に訪れることのできる休憩場所としても機能しているようでした。
砧公園の緑を背景にした展示空間
広場に面するメインエントランスから館内に入ると、エントランスホールは二層吹抜の大空間。ヴォールト形状*1の天井は全体が明るい光天井のようになっていて、屋内でありながらもどこか屋外のような大らかさを感じました。
*1:アーチ形状を水平方向に引き伸ばしたかまぼこのような形状がヴォールト。
エントランスホールと展示室とは、先の屋外階段上を渡っていたブリッジを経由して行き来する動線計画。ブリッジには屋外に面して横連窓が設けられ、エントランス広場やパティオを眺めながら展示室へと向かう空間体験がつくられています。
ブリッジを越えた先の展示室にも屋外に面して窓が設けられていて、美術作品と同時に砧公園を眺めることのできる展示空間の設え。
一般的な美術館では、直射日光が絵画作品の劣化につながりかねない、作品を展示する壁面が減る、など諸々の理由から、展示室内の窓は避けられがち。一方この美術館では、庇を大きく張り出すことで直射日光は抑制しつつ、かつこの展示室の特徴を有効に活かした展示方法がとられていたのが印象的でした。
具体的には、訪ねたときに開催されていた展覧会*2では動物をモチーフにした作品が多く展示されていましたが、この展示室には主に動物をかたどった彫刻作品を配置。奥にみえる砧公園の緑がそれら作品の背景としての役割を果たすことで、屋内でありながらも、屋外の自然の風景と作品を重ね合わせてみることができる展示方法がとられていました。
そもそも世田谷美術館では、動物をモチーフにした作品を多く収蔵しているよう。どちらが先なのかはわかりませんが、収蔵作品の方針を含めた美術館としてのありかたとこの建築の間に思想の一貫性のようなものを感じました。
*2:「世田谷美術館コレクション選わたしたちは生きている!セタビの森の動物たち」詳細は記事末尾参照。
レストランと美術館をつなぐ静けさのある廊下
世田谷美術館には、フランス料理レストラン「ル・ジャルダン」が併設。美術館とは別棟で建てられていて、砧公園から美術館を経由することなく直接出入りすることのできるエントランスも設けられています。
レストランの前には緑に囲まれた「くぬぎ広場」が整備されていて、砧公園と連携したウェディングも行っているそう。美術館とはこの広場に面して設けられた屋内廊下を経由して行き来する動線計画がとられています。
この屋内廊下、広場に面する部分は屋外の風景を眺めることのできる開放的な設えである一方、美術館の建屋に挟まれた部分は薄暗く、ハイサイドライトからの光でぼんやりと照らされた厳粛ささえ感じる設えでつくられているのが印象的。どの空間も砧公園に対して開放的につくられているこの美術館において、明らかに他とは違った空間の質が生まれています。
一般的に、美術館は作品を展示する物静かな用途であるのに対し、お酒も飲めるこのレストランは基本的にはにぎやかな場。こうした異なる特性の用途をつなぐにあたって、間に異質な空間を挟むことで、訪れた人の気分の切り替えができるように考えられたものなのかもしれません。
クヌギの大樹に見守られた落着きある広場
「くぬぎ広場」にはその名の通り、美術館の高さを裕に超えるクヌギの大樹が堂々と位置。このクヌギは樹齢にして百数十年にもなるようで、美術館を計画する際にもこれを切り倒さないことが条件の一つとして挙げられたそうです。
エントランス前のコンクリートの広場とは打って変わって、こちらはクヌギだけでなく、低木や芝生等の植栽に覆われた緑の広場。周囲にはパーゴラやベンチも設けられていて、公園を散歩している人がふらりと立ち寄りやすい設えが散りばめられています。
パーゴラの屋根やそれを支える柱や方杖は、幾何学模様を思わせる装飾的な意匠。ツタなどの植栽が繁茂していることもあって、どこか異国の遺跡のような空間の質を感じました。
エントランス前が多くの人でにぎわう「動」の場だとすれば、クヌギのつくる木陰に加え、三方を建物に囲まれた落着きあるこの広場は「静」の場。性質の異なるふたつの広場(パティオも含めると3つ)がひとつの美術館に設けられていることで、砧公園と美術館とを様々なかたちで結びつけているように感じました。
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砧公園を眺めると、訪れている人の目的は言葉に言い表せないほど多様。世田谷美術館には砧公園と美術館とをつなぐ場が様々なかたちで設けられていて、こうした多様な人を受け入れることのできる懐の大きさのようなものを感じました。
世田谷美術館
[竣工]1985年
[設計]内井昭蔵建築設計事務所
[用途]美術館
[住所]東京都世田谷区砧公園1-2
[HP]https://www.setagayaartmuseum.or.jp/
世田谷美術館コレクション選わたしたちは生きている!セタビの森の動物たち
[会期]2023年02月18日〜2023年4月09日
[会場]世田谷美術館