展覧会|美術

山形ビエンナーレ2022(1/2)|みちのおくの芸術祭

山形県山形市を会場に、隔年で開催されている山形ビエンナーレ。ビエンナーレとは2年に1度開かれる美術展覧会のことで、2014年に始まったこの山形ビエンナーレは、主催である東北芸術工科大学のある山形市内で開催。2020年は新型コロナウィルス感染症の影響により完全オンライン化となったものの、情勢の落ち着いた2022年秋、4年ぶりに現地開催されるということで、現地を訪ねてみてまわってきました。

山形市内を歩いて巡るコンパクトな芸術祭

JR山形駅。山形ビエンナーレ2022の開催を伝えるバナーは山形市内各所でみられた

2014年に始まり、2022年で5回目の開催となる山形ビエンナーレ。今回初めての訪問で感じたのは、複数の市をまたいで開催されるあいちトリエンナーレや島々を船で渡りながら巡る瀬戸内芸術祭といった他の芸術祭と比べ、とてもコンパクトであるということ。

このような芸術祭は会場が複数設けられているのが一般的ですが、山形市の主要諸施設が比較的狭い範囲に集まっていることもあって、会場の大部分が徒歩で行き来可能でした。

山形ビエンナーレのメイン会場となった文翔館(左)と やまがたクリエイティブセンターQ1(右)

今回の会場は大きく分けて9つ。公共施設や美術館といった展覧会でお馴染みの場所から、地域に根ざした書店や仏壇販売店といった美術と縁遠そうな場所まで、多種多様な場所が会場に。こうした様々な会場を見てまわる中で、地域の雰囲気を身をもって体験できるのはこのような芸術祭の醍醐味のひとつ。

今回滞在した2日間という限られた時間ですべてをまわることはできなかったものの、多くの作品の展示やプログラムが組まれていた文翔館とQ1を含む、7箇所を巡ってきました。

 

重要文化財の意匠を活かした展示空間|山形郷土館 文翔館 

文翔館を正面よりみる。竣工は1916年で重要文化財に指定されている

山形駅から歩いて20分ほどの位置に建つ「山形郷土館 文翔館」は、今回のメイン会場の一つ。敷地西側に建つ議場ホールを会場に、40組を超える数の芸術家の作品が展示されていました。

文翔館のディテール

文翔館は元々、大正時代に山形県庁舎及び県議事堂として建てられた施設。各所に装飾が散りばめられた時代を感じる様式は、ルネサンス様式が意図されたものだそう。設計は、米沢市出身の中條精一郎を顧問とし、田原新之助が手がけています。

文翔館内観。当初の意匠の多くが復原・保存され庁舎として使われていた頃の様子を伝える展示

現在は重要文化財に指定され、建物内外の意匠は大部分が保存。郷土についての資料展示や貸し館利用が行われている現在でも、基本的には建物内の意匠は当初の姿のまま活用、公開がなされています。

議場外観。山形ビエンナーレ2022ではこの建物のホールが展示会場に

今回のビエンナーレの会場となった議場ホールでも、独立柱の並んだホールや最奥に設けられたステージ等、県議会に使われていた当初の姿を見ることが可能。今回の展示では、一般的な展示室には登場しないこれらの要素を活用することで、独特な展示空間がつくられていたのが印象的でした。

 

伝説に登場する湖への見立て|現代山形考〜藻が湖伝説〜 

文翔館の展示会場の様子

展示室への入室は、議場の正面ではなく右手前の扉から。正面の扉はあえて使用しないことで、議場をぐるりと巡る一筆書きの動線計画がとられていました。

議場ホールの出入口から入ると波型におられたシナ合板の展示壁に作品群が並んでいた

会場に入るとまず目に入るのは、波型に折られたシナ合板の展示壁。独立柱の間を縫うように立てられることで、展示壁が屏風のように、まるで薄い板のみで自立しているかのよう。展示壁は人の視線を越えた高さでつくられ、奥まで進んで初めて室の全貌を知ることができるよう計画されています。

議場ホール奥より。展示会場が藻が湖に見立てられている

奥まで進むと、室の中央には様々な向きで並べられた多くの立体作品が。床に敷かれたライトブルーのカーペットは、この中央エリアを山形盆地の中央にあったと言われる藻が湖(もがうみ)*1に見立てたものだそう。

*1:山形県村山地方では、「山形盆地の中央はかつて”藻が湖”といわれる大きな湖となっていましたが、碁点山を開削して水を流して湖を干上がらせた」という物語が「藻が湖伝説」として伝えられているそう

議場ホールのステージ。中央にヤマガタカイギュウの模型、両隣に風雷神像が並ぶ

この見立てと関連してか、会場奥のステージ上には、山形がまだ海の底に沈んでいた頃に生息していたと言われる、ヤマガタカイギュウの模型が鎮座。すぐ隣には山形県大江町の廃村で発見されたらしい風雷神像が並べられ、展示会場を見守る祭壇のようなエリアに。

かつて議長が立っていたであろうステージにこれらの作品が展示されていることには、キュレーターの意図を想像せざるを得ませんでした。

 

土地に根ざした物語から生まれた作品 

展示会場の様子

文翔館に展示された作品は、どの作品も山形県内にある土地と強く結びついているのが印象的でした。村山地方や山寺村の他、すぐ近くのすずらん通りに焦点を当てた作品も。

上:防火建築帯としてつくられた「すずらん通り」の商店街を撮影した大山顕さんの「山形・すずらん通り」/下:志村直愛さんの「文翔館紙製模型」と「日常生活茶飯事描写集」

左:山形の流木に仏の顔が彫られた西除闇さんの「モガウミ観音像」/右:尾花賢一さんと石倉敏明さんの「藻が湖ヘテログラフィー」

左:山形県村山地方でみられる習俗であるムサカリ絵馬をテーマに制作された青山夢さんの「ムサカリ絵馬と仮想の世界」/右:山形県で調査した地蔵の写真が地図上に記録された君島彩子さんの「山形の地蔵ー石と布の祈りのかたちー」

そうした作品が並ぶ展示室の最後を飾るのは、東北大学五十嵐太郎研究室による「文翔館の時間と空間をひもとく」と題された文翔館の建物そのものを取り扱った展示。

東北大学五十嵐太郎研究室による「文翔館の時間と空間をひもとく」

この文翔館の意匠は「ルネサンス様式が意図されたもの」と先に書きましたが、ここでは「昔の建築史の認識では、15世紀以降の古典主義を一括りにルネサンスと呼び、その後の研究成果を踏まえたバロックやマニエリスムなどの細分化もされていなかった」と指摘。

細部の装飾ひとつひとつが精緻に分析されることで、この会場そのものが一つの作品であったことを再確認させられる展示でした。

現代山形考〜藻が湖伝説〜(山形ビエンナーレ2022)
[会期]2022年9月3日〜2022年9月25日
[会場]文翔館議場ホール

山形県郷土館 文翔館
[竣工]1916年
[設計(当初)]田原新之助(顧問:中條精一郎)
[用途]展示施設、ギャラリー、会議室、ホール(当初:県庁舎及び県会議事堂)

 

山の形の美術館|山形美術館 

山形美術館の外観。その名の通り山の形をしている

山形ビエンナーレ2022の会場のうち、唯一の美術館である山形美術館。山形ビエンナーレの関連展示としては出入口脇の小さな一角であるものの、美術館の収蔵作品自体が充実。JR山形駅から徒歩15分、先の文翔館からも徒歩15分と決して近くはなかったものの、貴重な作品群をみることができました。

山形美術館内に展示された山形ビエンナーレ2022の作品群

特に印象に残ったのは、石膏ボードのメーカーである吉野石膏のコレクション展示。マネやシスレー、マティス、モネなど、フランス絵画の主要な作家の作品が多く展示されていました。

吉野石膏は、元々は山形県吉野村(現在は南陽市)の鉱山で石膏原石の採掘を開始したことから事業をスタートしたそう。故郷への文化的貢献という狙いで、1991年からこの山形美術館への作品の寄託が行われているようです。

山形美術館内観。吉野石膏コレクションでは歴史に残る美術家の作品をみることができた他、頭頂部の展示室では山形県総合書道展が開催されていた

なお、この山形美術館は民間の主導によりつくられた施設だそうで、県と市はあくまでも協力という立場。まるで山のような形をした美術館の形を強調する意図からこの美術館名がとられているのかと思いきや、以上のような経緯があったよう。

今回の山形ビエンナーレ2022の主催である東北芸術工科大学も、国公立ではなく私立の大学。ここ山形という地域では、昔から民間主導で美術を盛り上げようとする文化が継承されて続けているのかもしれません。

現代山形考~長瀞想画と東北画~(山形ビエンナーレ2022)
[会期]2022年9月3日〜2022年9月25日
[会場]山形美術館

山形美術館
[竣工]1985年
[設計]本間利雄設計事務所
[用途]美術館

 

(2/2へ続く)