東京|建築

繊細な木の仕上げにふれる菓子店|とらや赤坂店

先日、数年前に建て替えられた『とらや赤坂店』を訪ねてきました。元々は近傍にある21_21DESIGN SIGHT*1で開催中の展覧会が目的でしたが、調べてみるとそこから徒歩圏内にこの建築を発見。前回取り上げた紀尾井清堂と同じ内藤廣さんによる設計ということもあり、展覧会の前にふらり立ち寄ってきました。

*1:安藤忠雄建築研究所と日建設計の設計により2007年に竣工した美術館。このときの目的は『クリストとジャンヌ=クロード “包まれた凱旋門”』。

東京都心にあえて小さく建てられた扇形の4階建

向かい側道路からの外観

赤坂駅のやや北東、豊川稲荷の向かい側。青山通りに建ち並ぶオフィスビルの間にこの「とらや赤坂店」は建っています。一目でわかるように周囲の建物より小さく、建物高さの抑えられた4階建の建築。とらやの公式HPに建て替え前の写真*2が掲載されていますが、以前と比べても圧倒的にコンパクトになっています。

左:建物外観。周囲の建物と見比べると圧倒的にコンパクト/右:港区の都市計画図より。桃色の範囲が商業地域を示し、とらや赤坂店はほぼ中央に位置する。

この建築が建つ土地の用途地域は商業地域。指定容積率は500%であることから、単純計算すると敷地面積の5倍の床面積で建てることが可能です*3

元々の建物はとらやの本社ビル機能を担っていたこともあり、新たな建物を建てるにも、以前と同様に必要な機能をすべて詰め込んだ高層ビルとして建てたくなりそうなもの。ですが、この土地であえてこの4階建の建築をつくるあたりに、とらやと内藤さんの思想のようなものを感じます。なお、とらやの事業所機能は現在は別の建物に移転されているようです。

*2:虎屋本舗(https://www.tora-ya.co.jp)建替前の姿はHP内コラムでみることができる(https://www.toraya-group.co.jp/toraya/small_stories/detail/?id=36
*3:建築基準法等では、その土地に建てることのできる用途を定めた用途地域と合わせてその土地に建てることのできる最大床面積(延床面積)を定めた容積率が指定されている。但し、この最大床面積は道路等含めた他の諸条件とも関連しており、必ずしもこの指定容積率の通りに建物が建てられるわけではない。

透き通る外観の奥に浮かび上がる木の空間

とらや赤坂店の外観。ガラスカーテンウォールの奥には木で仕上げられた内部空間が見える。

青山通りに面する建物外観は、円弧を描くカーテンウォールの上にダークグレーの金属屋根がのった大きく2層の構成。カーテンウォールには透明度の高いガラスが用いられることで、その奥に木で仕上げられた内部空間の様子を外からも感じることができます。

左:1階と2階をつなぐ階段見上げ/右:同階段見下げ。通りに面して大きな吹き抜けが設けられ、木の仕上げ多用されている

建物内のカーテンウォールに面する部分には各階で直階段が配置されており、大部分は吹抜空間。その吹抜けに面する壁の仕上げはもちろん、階段の踏面や手すり、サッシに至るまで各所が徹底して木で仕上げられ、各階をひとつながりのものとして体感できる木の空間が生まれています。

通りを見下ろす落ちつきある喫茶空間

左:2階のロビー。右手前に売場がひろがっている/右:3階から2階を見下ろす。3階にはカフェが設けられている

建物の階構成としては1階に広々としたロビーを、メインの売場やカフェをそれぞれ2階、3階に配置。菓子店としての主機能を担う場がまちの喧騒から距離をとった位置に置かれることで、静かで居心地がよく、つい長居をしてしまう場が生まれています。

1階ロビー。建物出入口をくぐった先に広々と設けられている

商業ビルでは、人通りの多い1階に収益を出す機能を配置するのが一般的。しかしここでは、1階をロビーというある意味で空っぽの空間にすることで、立ち寄りやすく、同時にとらやの格式のようなものを生んでいるように感じました。

繊細な木材と鉄材から生まれる立体的な木の仕上げ

吹き抜け上部を見上げる。屋根を支える繊細な梁と木の仕上げ

木を仕上げに使用する際にいつも頭を悩ませるのは、木を多く使えば使うほど、どうしても山小屋のような野暮ったさを感じさせる空間になってしまいがちなこと。ただ、この『とらや赤坂店』では、大部分の仕上げに木を活用しながらも、そうした野暮ったさを全く感じさせません。

左:繊細な手摺と木の線材。影さえも繊細に感じられる/右:木の仕上げも細かく分割することで陰影のある立体感を生んでいる

これはおそらく、木材を大きな面材としてではなく、細かく分割した線材として活用していることによるもの。

例えば、吹き抜けに面する斜めの壁の仕上げでは、ヒノキの板を5cmほどの幅に分割、細かく並べることで、目地による陰影が立体感を生んでいます。また、直階段を印象づけている階段の手摺は、手摺を支える鉄の支柱の間にヒノキの線材を並べることで、支柱の存在感を影のように消し、やはり立体感を生んでいます。繊細な木材を並べる手法は内藤さんの建築ではよくみられますが、この建築ではそれが遺憾無く発揮されているように感じました。

とらの柄を思わせる鉄の黒と木の組み合わせ

余談ですが、繊細な木材の間に陰影が生まれている姿をとら柄に見立ててプレゼンテーションしたのかなあ、と勝手に想像したりしました。

なお、使用する木材には節の多く赤みの強い杉ではなく、ヒノキやナラといったやや彩度が低く節の少ない樹種が選定されています。このことも空間を洗練してみせている要因の一つかもしれません。

お菓子のギャラリー

地下1階のギャラリー前

2階、3階の店舗やカフェばかりに目をとられているとつい見落としがちですが、地下1階には階の大部分を活用してギャラリーが設けられています。1階から階段を降りたところにあるギャラリーの前室は、上の階以上に木が多用され、壁にはこのとらや赤坂店の矩計図が。

地下1階は上階以上に木が多様されている。壁にはこのとらや赤坂店の矩計図が展示されていた。内藤さん設計の建築ではよく見られる光景

ギャラリー内の壁は十字形の積み木のようなものが組み合わされた木の格子で覆われ、白く塗装された一般的なギャラリーとは全く異なる展示空間が生まれています。木格子はその隙間にフックを掛けられることで展示壁としての役割を果たしており、訪ねた際にも、この格子を活用して壁面展示や展示棚がつくられていました。

ギャラリー内部。訪ねた時は『かき郡大百科展』が開催中

なお、訪ねたときは『かき氷大百科展』というその名の通りかき氷の歴史に焦点を当てた展覧会が開催されていました。これまでの履歴からもお菓子を扱った展覧会が主に開かれているようで、その意味でも貴重な場であるように感じました。

商業施設とは、極論してしまえば収益を生み出すための建物です。その意味でこの『とらや赤坂店』は、同じ内藤廣さんの設計とはいえ、前回取り上げた紀尾井清堂とは全く異なる建築です。ただ、床面積をあえて優先しない大きな吹き抜け、広々としたギャラリーなど、紀尾井清堂にも通ずる豊かな空間が他の商業施設との差別化に機能するとすれば、商業施設が建ち並ぶ地域も今後より豊かなものになっていくのかもしれません。

とらや赤坂店
[所在地]東京都港区赤坂4-9-22
[主要用途]売場、喫茶、ギャラリー、菓子製造所、事務所
[設計]内藤廣建築設計事務所(建築)
[施工]鹿島建設東京建築支店(建築)
[竣工]2018年