美術館の名手として名高い谷口吉生さんですが、静岡県掛川市に建つ高宮眞介さんとの共作《資生堂アートハウス》は、谷口さんが設計に携わったミュージアム建築の中でも最初期作にあたる作品。その名の通り、資生堂の管理運営による施設で、同社が収集してきた美術作品のコレクションを一般に公開してきました。

最寄りの掛川駅までは東京駅から東海道新幹線で約1時間半、同館はそこからタクシーで5分ほどと、都心からでも比較的訪れやすい場所。日本建築学会賞作品賞も受賞されているこの建築が2026年6月末を以って閉館するとの報せを耳にし、谷口建築の原点を最後に一目見てこよう、と足を運んできました。

シルバーの外装と緑のランドスケープ

資生堂アートハウスまでのアプローチ。敷地内は芝生に覆われており、ところどころに屋外彫刻が置かれている
資生堂アートハウスまでのアプローチ。敷地内は芝生に覆われており、ところどころに屋外彫刻が置かれている

《資生堂アートハウス》を訪れてまず目に入るのは、一面芝生に覆われた中に並んだ屋外彫刻。緑の多くない地域ということもあってか、どこかの公園を訪れたかのような、牧歌的な雰囲気を感じました。

資生堂アートハウス 外観。緑の多くない地域に建っていることもあり、敷地は公園のような存在感。右手奥に見えるのは資生堂の掛川工場
資生堂アートハウス 外観。緑の多くない地域に建っていることもあり、敷地は公園のような存在感。右手奥に見えるのは資生堂の掛川工場

この建築が建つ一帯は資生堂の関連建物が並ぶエリアで、西側には掛川工場も。すぐ近くには資生堂の企業資料館も建っていますが、こちらは一足先に2025年11月に閉館してしまったようです。

資生堂企業資料館。外壁に使われているシルバーのタイルは資生堂アートハウスと同じものか
資生堂企業資料館。外壁に使われているシルバーのタイルは資生堂アートハウスと同じものか

《資生堂アートハウス》の外観は、何といってもシルバー色の磁気質タイルとミラーガラスが特徴的。意匠検討にあたっては新幹線からの見え方を意識されたことが語られていますが*1、谷口さんがこうしたピカピカの建材を使用している印象がなかったので、少し意外に感じました。

*1:『新建築1979年9月号』(株式会社新建築社発行,1979)より。

資生堂アートハウス 外観。シルバーのタイルとミラーガラスが印象に残る。写真右の屋外彫刻は伊藤隆道氏の作品
資生堂アートハウス 外観。シルバーのタイルとミラーガラスが印象に残る。写真右の屋外彫刻は伊藤隆道氏の作品

一方、エントランス側の外壁に使用されている鋼板は、谷口吉郎さんと共に設計を手がけた《金沢市立玉川図書館》でも使われている建材。色こそ違うものの外装にタイルが使われている点も共通しており、当時の谷口さんの嗜好が感じられました。

金沢市立玉川図書館。資生堂アートハウスと同時期にあたる1978年の竣工で、外装に用いられている高耐候性鋼板(コールテン鋼)は資生堂アートハウスと共通する仕上げ
金沢市立玉川図書館。資生堂アートハウスと同時期にあたる1978年の竣工で、外装に用いられている高耐候性鋼板(コールテン鋼)は資生堂アートハウスと共通する仕上げ

Sを描く円弧とミラーガラス

外観からだと一見気が付かないものの、建物の形状が大きくS字を描くようなかたちをしているのもこの建築の特徴。 意図的に資生堂の頭文字をモチーフにしたのかと思いきや、谷口さんの著書の中では、計画中に指摘を受けるまで全く気が付かなかったことが語られています*2

*2:『私の履歴書─谷口吉生』(株式会社淡交社発行,2019)より。

南東からの外観。なだらかに整えられた芝生の丘は古墳のよう
南東からの外観。なだらかに整えられた芝生の丘は古墳のよう

建物内の各所にも、外壁そのままにS字を描く円弧が登場。本館の展示室は大きく東西に分かれていますが、この円弧部分のガラスの設えによって、空間の性格づけがなされていました。

資料展示室。円弧を描く壁面の下部は元々ガラスの開放的な設えのようだったが、訪れたときは目隠しがなされていた
資料展示室。円弧を描く壁面の下部は元々ガラスの開放的な設えのようだったが、訪れたときは目隠しがなされていた

訪れたときには東側の資料展示室のガラスはすべて目隠しがなされていましたが、竣工時の写真をみると、すべて開放的な設えでつくられていたよう。展示の性質によって適宜使い分けられていたのかもしれません。

資料展示室と美術展示室の間のロビー。ミラーガラスは屋内から見ると透明に見え、開放的な空間に感じられる
資料展示室と美術展示室の間のロビー。ミラーガラスは屋内から見ると透明に見え、開放的な空間に感じられる

ポストモダンを思わせるディテール

美術展示室。資料展示室とは対照的に、円弧状のミラーガラスから屋外の風景を眺めることができる
美術展示室。資料展示室とは対照的に、円弧状のミラーガラスから屋外の風景を眺めることができる

この建築が設計された1970年代の日本は、ポストモダンが流行していた時代。谷口さんご本人は、ポストモダンにも構造表現主義にも属さない新しい建築を目指したと書かれていますが*3、他の谷口建築と比べると、当時の時代性をあちこちから感じられます。

*3:『私の履歴書─谷口吉生』(株式会社淡交社発行,2019)より。

左:エントランスホール内観。展示室への導入部はT字型の開口になっている/右:展示室導入部の階段。床材に使われている黒御影石の本磨きも谷口さんの建築ではあまり見かけない印象
左:エントランスホール内観。展示室への導入部はT字型の開口になっている/右:展示室導入部の階段。床材に使われている黒御影石の本磨きも谷口さんの建築ではあまり見かけない印象

展示室への出入口は、水平連続窓と一体化したようなT字型の開口。コンパクトな建築であるためにどうしても近接してしまうエントランスホールと展示室をゆるやかに分けています。

また、エントランスホールから展示室への導入部にある階段も、いくつもの半円が重なった特徴あるデザイン。床材に使われている本磨き仕上げの黒御影石も、他の谷口さんの建築ではあまり見かけないように思います。

資生堂アートハウスの屋外に点在する彫刻群。左の写真はペリクレ・ファッツィーニ氏の作品、右の写真は青木野枝氏の作品。作品名や作家名は資生堂のHPにも掲載されている(URL:https://corp.shiseido.com/art-house/jp/visit/roam.html)
資生堂アートハウスの屋外に点在する彫刻群。左の写真はペリクレ・ファッツィーニ氏の作品、右の写真は青木野枝氏の作品。作品名や作家名は資生堂のHPにも掲載されている(URL:https://corp.shiseido.com/art-house/jp/visit/roam.html

谷口吉生さんの設計した建築は、どれもミニマルなディテールが強く印象に残りますが、それらとは異なる装飾的な要素が各所に。谷口建築の意匠が様式美として完成する前段階として、このような時代もあったのか、と発見の多い体験でした。

上記の通り、《資生堂アートハウス》としては2026年6月末を以って閉館してしまうものの、先日の発表によれば、解体の予定は現時点ではないそう。今後また何らかの形で、再公開されることを期待して待ちたいと思います。

資生堂アートハウス
[所在地]静岡県掛川市下俣751-1
[用途]社有美術品および資料の保管と展示
[設計]計画・設計工房 谷口吉生 高宮眞介(建築)
[施工]フジタ工業(建築)
[竣工]1978年
[HP]https://corp.shiseido.com/art-house/jp/

[参考書籍等]*リンクはAmazon商品ページにジャンプします
・『新建築1979年9月号』新建築社、1979
・『私の履歴書─谷口吉生』淡交社、2019